彼女は竜で、竜人族で。
今でこそ人の形をしているが、分類上は爬虫類になるらしい。だからなのか彼女の体温は常に低く、触れる手のひらはいつだってひんやりとしている。ただ、こうも体温が低いと、消化が上手くできずに消化不良を起こすこともあり、ブランケットを巻いたお腹をさするアネッタを見たカクは、彼女を己の上に招いて、腹へと手を伸ばした。
「ん、どしたの」
「温めてやろうかと思ってのう」
「それはそれは、どうもありがとう」
シャツの下に滑り込んだ手のひらは、薄っぺらい腹を撫でる。腹は消化不良を起こしているだけあってひんやりと冷たく腹に宛てた手のひらにある体温がじわじわと奪われていくのが分かる。温めるのであれば、もっと湯たんぽ的なものが必要だと思ったが、いまは夏間近の季節だ。当然、季節外れの湯たんぽなんて持ち合わせていない。
代わりに腹を温め、腸内の動きを活性化させるために、円を描くようにして腹を摩る。動きとしてはただそれだけのシンプルな動きだが、ブランケットの下でもぞもぞと動く手は、何となく体を弄(まさぐ)っているように見えるらしい。後からマグカップを手に部屋に入ってきたジャブラが、「お前らよぉ…」と苦言を呈すように呟いた。
「なんじゃ後からきて……これは腹が冷え切ったアネッタのためじゃ。仕方ないじゃろう」
「わざわざお前が腹を摩る必要は無えっつってんだ」
「まだ言っておらんじゃろ」
「でも、カクの手あったかいよ?」
「そういうことじゃねえよ馬鹿。…ったく、……ほらよ」
ジャブラは呆れながらマグカップを差し出す。其処にはとぷんと湯気を立てながら波打つ飲み物が入っており、マグカップを受け取るや否やアネッタは興味深そうに中身を見る。白濁したそれは、なんだか癖のある匂いがして思わず「何これ」という言葉が出た。少なくとも、アネッタが二十年以上生きてきた中で、飲んだことのない代物だ。それを説明も聞かずに飲むのはなんだか怖くて、彼女はジャブラを見上げて首を傾げた。
「あ?生姜湯だよ、生姜湯」
「しょうがゆ…って何?」
「あぁ?なーんも知らねえなぁバカッタはよォ!…生姜湯つったらあれだよ、……、………まぁ、なんだ身体があったまる飲みもんだ。」
「説明が苦しいのうジャブラ」
「だぁってろ!それと、飲みやすいように蜂蜜も入れてやってるから飲んでとっとと寝ろ馬鹿」
「ほーん……これ、ジャブラが作ってくれたの?」
「あ?あぁ、まぁ、飲みたくなったから作っただけで、……お前のはついでだ」
「……、ふーん、……へーえ?」
なんて典型的なツンデレなのだろう。アネッタは思わずにまにまと笑うが、ジャブラからすれば面白くはない光景だったようで、口をへの字に噤んだ彼は遠慮なく拳を頭に落す。
「あだぁ!」
間抜けな悲鳴が響けばジャブラは舌を打つが、それを傍観していたカクが「わしのは無いのか」と尋ねると、年長者は不機嫌なまま「あるわけねーだ狼牙」と言葉を返す。カクは「酷い奴じゃのー、アネッタばっかり贔屓しおって」なんてしおらしい様子で言うが、ジャブラは知っている。このしおらしい様子も、強請るような問いかけも、全てアネッタに甘えるための行動だと。
現にアネッタは、気を使って半身を捩じってカクの口元にマグカップを寄せていたし、カクも自分で持てばいいのにアネッタの腹に手を当てたまま、一口飲ませてもらっていた。
なんだか途端にバカバカしくなって、ジャブラは息を吐き出した。
こいつら、バカップルすぎやしないかと。
若いゆえなのか、それともようやく関係が一つ変わったからなのか、どちらにせよ目の前で見るにはあまりにも毒すぎる。ジャブラはげえっと舌を出すと「あーあー、アホらし」と言って早々に退散しようと背を向ける。ただ、部屋を出る前にアネッタから「ジャブラ、ありがと」と感謝の言葉が返ってくれば、どうやったって嫌な気は消える。なんだか妙に腹の内がむず痒く、ジャブラは愛想無く「おー」としか言えなかったが、カクのさっさといけといわんばかりな視線が背中に刺さると、ジャブラはまたため息を吐きだして部屋を出た。
そうしてもう一度二人きりになった部屋。
生姜湯というのは随分と効果があるようで、ずず、と彼女が喉へと流し込むと血のめぐりが良くなったのか頬がほんのりと赤く色づいていく。触れていたお腹もじんわりと暖かくなり、彼女は機嫌良く足をぱたぱたと揺らしながら言葉を弾ませた。
「はー……おいしいねぇ」
「そうか、そりゃあよかったわい」
彼女が笑えば、自然と笑みが落ちる。それがなぜなのかは、惚れた弱みだとか、惚れたら負けだとか、そういうことでしか片づけられないけれど、それでも確かに幸せで、カクは彼女の肩に顎を預けると「あったかくなってきたのう」と穏やかに呟いた。
それから暫くして、部屋に訪れたカリファはくすりと笑う。それは一つの椅子に座ったアネッタとカクが毛布で巻かれていたからだ。恐らく毛布で巻いたのは、部屋の端で書類にペンを走らせているブルーノの仕業だろう。カリファは毛布に巻かれた二人を見て「あら、随分と可愛いことになっているわね」と零すと、ブルーノは視線を寄越すこともなく「さあな」と愛想無く言っていたが、彼もまた末っ子たちに甘いものだとカリファは息を落とすのであった。