今日はアネッタが五日ぶりに帰還する日だ。帰還予定時刻は午後七時。しかし、待てど暮らせど彼女は帰って来ず、任務先で何かあったのではと見つめた時計が午前零時を回った頃、ようやく彼女が帰ってきた。てっきり大怪我でもしているのかと思ったら、彼女の手には花束が一つ。それも両手で抱えるほどの大きさで、彼女は手にした花束以上に、輝かしい笑顔を浮かべると「ただいま」と言ってわしの元へと駆け寄ってきた。
「おお…おかえり」
「んふふ、待っててくれたの?」
アネッタはいつになく機嫌が良かった。此方は何かあったのではと最悪の事態を思い、肝を冷やしていたと言うのに花束片手に随分と能天気ではないか。此方の気持ちも露知らずなその機嫌よさが妙に腹立たしく、手を伸ばして彼女の頬を摘まむと、「んえ、きげんわうい?」と不思議そうな表情が此方に向けられた。
「心配しとったんじゃぞ」
「ほあ……」
「ほあじゃないわい。……なのにお前は花束片手に、随分と機嫌が良いようじゃのう」
それは誰に貰ったんだと視線を花束へと向ける。彼女の髪色に寄せた、オレンジ色が織りなす陽だまりのような花束は実に美しいが、それも恐らくは送り主が彼女に合うように色を寄せて見繕ったからなのだろう。問いを受けたアネッタは暫く不思議そうな顔をしていたが、両手で抱えた花束を見つめ、それからわしを交互に見つけたかと思うと「違うよ、これは私からカクにプレゼント」といって花束をわしへと向けた。
「うん?」
「ほら、任務でバレンタインチョコあげられなかったからさ。」
「………このオレンジはお前の髪色…じゃないのか?」
「え?あ、あぁ確かに。…でもカクだって同じ髪色でしょ。カクといえば黄色とかオレンジかなーって思って、お花屋さんにお願いしたんだよ。」
花束を包むセロハンがカサカサと音を立てる。状況を飲み込めないながらも、見下ろした花束からは芳醇な香りが漂い、懐かしいことを思い出させてくれた。あれはそう、随分とむかし。もう十年以上前になる。任務に出たアネッタが、お土産だといってオレンジ色の花を持って帰ってきてくれたのだ。あの時は、ただそこらへんに咲いていた野花の根元を手折っただけで、しかも長いこと握り続けていたせいで渡された時には萎れたようにくちゃりとなって、「ああ、折角持って帰ってこれたのに」と嘆いていたっけ。
彼女の手の平がわしの頬を撫でて、そのあと後頭部を撫でる。刈り上げた髪の毛を摩る掌はこそばゆく、「髪の毛と同じ色なの、御洒落でしょ」と少し自慢げに笑うような彼女の笑みが眩しい。彼女を見て可愛らしいと思うことはあったが、こうして眩しいと思うようになったのはいつからだっただろう。その眩しさから目を反らすよう、視線を花束へと向けて「………まさか花束を貰うとはのう」と零すと、アネッタはあはと短く笑いを上げた。
「女性から男性に向けて花束をあげてはいけないなんてルールはないでしょ?遅れちゃったけど、ハッピーバレンタイン。カク、いつもありがとう!」
「……わはは、……こりゃあ、……ちと、参ったのう」
「あ、照れてる?」
「こんなプレゼントをもらって喜ばんやつはおらんじゃろう。ありがとうな、アネッタ」
「ふふ、どういたしまして!」
ぽかぽかと陽だまりを抱きしめた胸元が暖かい。両手で抱えた花束はそのままに、彼女へと身を寄せて額に口付けたわしは、もう一度彼女へと「ありがとう」と零す。アネッタは言葉を受けて、眉尻を下げるようにして目元を和らげていたが、今度はお返しだと言うように背伸びをしてわしの頬へと口付けると、耳元で小さな愛を囁いた。