「やり直せ」
「直ってねぇじゃねえか、もういっぺん作り直してこい!」
「だからよォ……直ってねぇんだよ!なにを修正したっていうんだ言ってみろ!!!」
「テメーは節穴か!!」
そう言ってスパンダム長官から追い出されるのは、もう何度目だろうか。
かといって長官は怒鳴るばかりで一体何を修正すべきなのか答えを教えてくれないし、誰かを頼るにも書類作りが得意なカリファやブルーノは任務に出て、カクやルッチも何やら忙しくしている。
残されたジャブラやフクロウ、クマドリに頼ってみたものの、彼らは「あぁ?別におかしいことなんかないだろ」「チャパパー、いいんじゃないかー?長官が気分悪いだけチャパー」「よよォい!以前よりうまくなったんじゃあーねーえーかー?」と私を甘やかして頼りにならないし。いや、甘やかしているというよりも、本当に悪い点を見つけられていないだけ、なのかもしれないが。
この提出期日が明日以降であればカリファやブルーノを待っても良いのだが、締切期限は三時間後だ。となればカリファやブルーノは当然頼れないし、忙しそうなルッチやカクも暫く手が空きそうにない以上、一人でどうにかしなければならない。
もう一度書類の上から下まで、指を這わせながらチェックを行って、ついでに以前カクに注意されたあたりもよく確認をして、自分で見た限りでは誤りがないことを三度ほど確認してからもう一度長官のいる部屋へと向かった私は、
「長官!修正終わりました!」
そう元気よく言いながら書類を両手で差し出したのだが、長官は資料を受け取って1秒で私の顔に資料を叩きつけた。
「修正出来てねぇじゃねぇか!!!ふざけてんのか!!」
そんな怒号付きで。
そして、一枚ペラではなく束となった資料を顔に叩きつけられると、それなりに痛いわけで、特に鼻の先に響く痛みに小さく呻いてから「パワハラですよぉ」とクレームを返せば、長官は「何度も見るおれの気持ちにもなれ、このバカが。」と悪態交じりに大きくため息を吐き出した。
「で、でも長官、あの、その、………色々確認したつもりなんですが、どこを直せばよいか分からなくて。」
「あァ?!分からないなら他の奴に見せりゃい……あー…ブルーノとカリファは外か。……カクはどうした。」
「え?あぁ……カクはいまルッチと忙しそうにしてますね。何してるか知らないですけど。」
「っあ”ー……おれが頼んだ奴か。」
長官はなにか心当たりがあるらしい。眉間に皺を寄せて、隈で真っ黒な目元を細めては機嫌悪く頭をがしがしと掻いた後、私をジトリと睨みながら一つの提案を零す。
「……チッ、仕方ねぇこのまま突き返してもいいが同じものが出て来るくらいなら、このおれが直々に教えてやる。」
ただ、その提案がなんというか、普段の彼ではありえない提案だったものだったから、思わず推古ももなく「え、いいんですか?」と問いかけると、「じゃねぇと同じ事になるだろうが!」と怒号が返ってきた。うう、何もそこまで怒らなくていいのに。まぁ、とりあえず追い出されないだけマシかと机に再度置かれた資料へと視線を落とすと、長官は机の上に手のひらを伏せて人差し指の爪先でトストスと机を数度叩き「おら、そっちじゃ見えないだろ、おれの隣に来い。」と顎で隣を指す。
そうして隣に立ったことを確認した長官は、机の端に挿した羽ペンと、それから詰まれた書類の中から数枚を取って手元に寄せると、私の紙を中央に、その隣に、寄せた書類を並べた。
「いいか、お前の作った書類は読みづれぇんだ。理由は分かるか。」
質問の内容から察するに、この隣に置かれた書類たちは恐らく比較用なのだろう。こうしてみると他の人の書類は確かに見やすいように思うが、一体何が違うのだろう。理由が分からずに「……誤字脱字…?」と首を傾げると「んなのは、ケアレスミスだろうが。というか誤字脱字くらい直せ馬鹿。」とごもっともすぎる言葉が返ってきた。
「ううっごもっともです……。」
「もっと根本的なところだ。いいか、例えばよこのあたり余白が――。」
そうして唐突に始まった長官講座は、意外と、いやあまりにも有益なものだった。それこそ「テメーのこの馬鹿みたいな構成が」とか「馬鹿野郎、そもそもだな」とか、講義にしてはやたらと口は悪かったものの、根底にある文章の構成からレイアウト、果ては暗黙のルールまでを理路整然と説明をしてくれたし、何より一方的に話すだけではなく合間合間に「おい、ちゃんと分かってんのか」と此方の理解状況を確認してくれる。まぁ、分かってない場合には舌打ちをされるのだけれど。
「………長官って凄いんですねぇ。」
「あぁ?」
口から出た言葉は、本心だったように思う。しかし長官は言われ慣れていない言葉だったのか、なにか面食らった顔をした後、舌打ちをしながら顔を背ければ後頭部を掻いて「別に普通だろ。」とぼそりと言葉を落とす。
てっきりまた「当たり前だろ!おれを誰だと思って」なんていうかと思ったのに、意外な反応だ。
「あの、長官はこういうの誰に教わったんですか?」
「あ?あー……まぁ親父とかだな。」
「スパンダイン元長官ですか?」
「あぁ、親父もまた細けぇのなんのって。……おれも何度やり直しをさせられたことか。」
「……あは、じゃあ私もこうして長官から教わったんだから少しは上手になりますかねぇ。」
「なってもらわねぇとおれの仕事が増えて困るんだよ。ダァホ。」
そういって長官は視線をすいと逸らすと、手元に置かれたパンダ柄のマグカップを取り、たぽたぽに入っている珈琲をずずずと啜る。続いた言葉は「チ、冷めてやがる」という小さな悪態だったけれど、彼はそれ以上怒声を上げる事なく、ただ珈琲を啜りながら、「じゃあこれを踏まえて資料を全て作り直せ」と締め切りが二時間前に迫っているのに平然と呟くのであった。