おれの仕事仲間である二人は幼馴染らしい。
かたや大工職職長、かたや潜水作業職職長。どちらもおれにとっては友人としても同僚としても誇らしい限りで、年齢が近いおれたちは比較的多くの作業を共にすることが多かったように思う。
大工職職長のカクと、その幼馴染である潜水作業職職長の〇〇を連れて海列車の線路の点検を終えたおれたちは、水を含んで重たい靴を引き上げて陸地へと上がる。線路点検は定期的に行っているとはいえ、アクアラグナ後のせいか今日は特に損傷が激しい部分が多く、濡れないようにと胸ポケットに入れておいた海に続く線路地図を開いたおれは、二人に向けて「なぁ、次の補修だがよ」と口を開いて、そして口を噤んだ。
「?なんじゃパウリー、どうした。」
「どしたの。急に黙っちゃって」
二人が不思議そうに此方を見つめる。
「おい、〇〇よォ……」
「うん?なぁに、パウリー」
おれが口を噤んだ理由は、この目の前のハレンチ馬鹿女にある。目の前の女ときたらガレーラカンパニーは男の職場だというのに、オーバーオールの上半身部分を脱いで袖を腰に巻きつけて、あろうことか下はシャツを着込むわけでもなく、下着のような白いインナーウェア一枚でやたらと肌の露出が多い恰好をしている。その上、おれとこのハレンチ馬鹿女では身長差が30cm近くあるせいか、〇〇を見下ろせばどうしても視線は胸の方へと行ってしまうわけで。
「なぁにじゃねぇ!その胸を隠せ!!ハレンチだろうが!!!」
目のやり場に困るし、何よりハレンチだから止めろといっているのだが、こいつはいつも聞きやしねぇ。今日もまたおれから注意を受けた〇〇は隣のカクに視線を移しては、またパウリーがクレーマーみたいなことを、みたいな困った顔をして、カクもまた幼馴染に甘いのか「パウリー、毎度言っているが嫌なら見なければいいじゃろう。めくじらを立て過ぎじゃ。」というのだが、どう回避しろというのだ。
「カク!テメェはこいつに甘すぎる!」
「別に甘くないじゃろう。」
「いいぞいいぞー。」
「だあぁぁ!誰のせいだと思ってんだ!このハレンチ馬鹿女!!!」
「…あ、輸送船団だ、おーい!!」
「おい、〇〇!あからさまに逃げるんじゃねぇ!!」
なんでカリファといい、こいつはそんなに頑ななんだ。○○なんか話を聞く気すらないようで、おれから逃げるようにして停泊している輸送船へ駆けていってしまった。肩を落としながら紫煙と共に大きくため息を吐き出せば、カクが肩を叩いて「もう諦めたら良いじゃろうに」と呆れ混じりに零した。
荷下ろし作業に勤しむ輸送船団の一人を捕まえた〇〇の元へと向かうと、おれたちの存在に気付いたようで輸送船団の女が「…あ、どうも。お疲れ様です。」と頭を下げる。確かこの嬢ちゃんは、うちのガレーラカンパニーに荷物を運んでくれる配達担当だったか。青い瞳を長い前髪から覗かせては普段受け取りを行っているカクに向けて、「そういえば、ガレーラカンパニーさんの荷物なんですけど、先ほど届けて代理の方にサインを頂きました。」と言うと、カクが「あぁ、分かった。」と頷きを返す。
「確か受け取り担当ってカクだったよね?今日は誰がサインしたの?」
「えぇと、誰だったかな。」
〇〇が問いかけると、嬢ちゃんは緩く頭を捻る。
「………えーと。」
「凄く体格が大きくて、髭が生えてて、船って書いてある人?」
「髭はあった気はするけど、体格は大きくなかったような……あぁ、そうだ、寝ぐせが凄い人だ。」
「ルルかぁ。」
「ルルじゃな。」
「間違いなくルルだな。」
全員一致で特定が済むと嬢ちゃんは目を瞬かせていたが、まぁ、タイルストンよりかはルルが受領書にサインして受け取ってくれたのなら荷物や控えを失くすことはないだろう。ひとまず嬢ちゃんに礼を伝えては、これ以上荷下ろし作業の手を止めてやるべきではないと〇〇の首に腕を回して、半ば羽交い絞めの形で引き剥がしながら、「おら、もう戻るぞ」と声を掛ける。
しかし、てっきりまたクソ生意気なことを言い出すかと思ったのに〇〇は妙に静かで、「おい、どうした。」と声をかけたのだが、返ってきた言葉は「ん」だとか「んー」だとか生返事そのもので。一体どうしたのだと顔を見遣れば、縦長の爬虫類みてぇな瞳孔を持つ金色の瞳が荷下ろしを行う中型の配送船を捉えて、穏やかな波に揺れるそれをじいっと見つめ続ける。その様子にこいつと親しい仲らしい輸送船団の嬢ちゃんはおれと同じように不思議そうな顔をしていたが、カクが「何か見つけたのか」と問いかけると、そこでようやく「んー…確証はないけど、」とだけいっておれをちらりと見上げた。
「ねぇパウリー、もう戻らないと時間やばい?」
「あぁ?いや、別にこのあとは特に予定も無えけどよ。」
「じゃあ、あと十分だけ頂戴」
あと離して。と、どこか静穏に腕を叩く彼女を見て腕の力を緩めてやれば、〇〇はおれの腕からするりと抜けて、おもむろにポケットからメジャーを取り出せばオーバーオールの作業服のままどぼん、と音を立てて海の中へと落ちる。それがあんまりにも唐突な行動だったから、おれと嬢ちゃんが「ええええ」と声を上げたのだが、ただ一人だけ、カクだけは小さく息を吐き出して「困った奴じゃのう」と呟いていた。
それからおよそ五分ほど経って、嬢ちゃんが「全然〇〇ちゃん顔を出さないんですけど、本当に大丈夫なんですか」どこか心配を越えて不安を露わに問いかけた頃、〇〇が水面から顔を出して陸地へと上がってきた。しかし、〇〇は呆然とするおれたちに向けて詫びるわけでも、一体どうしたのかを語るわけでもなく、揺れるポニーテールをぎゅうと絞って水気を落しながら「鉛筆と紙もってない?」と問いかけた。
しかしながら嬢ちゃんから紙を、そしてカクから鉛筆を借りた〇〇だったが、いざ手に取ろうとしたときに、手も含めて全身濡れていることを思いだしたようで自分の両手を見つめた後小さくため息を吐き出すと「ごめん、カク代わりに書いてくれる?」と代筆を頼んだ。
「構わんが、何を書けば良い?」
「まず配送船の簡単な全体図かな。あとは船底右奥にポイント打って、横に数字で53」
二人は阿吽の呼吸といった様子で、いまだ状況の掴めていないおれたちをよそに話を進めて、カクは指示通りに嬢ちゃんの乗る配送船を描くと、一つ大きな目印と数字を書き記す。
「これでいいじゃろうか。」
「ん、ありがと。それを彼女に渡してくれる?」
〇〇は機嫌よく笑みを浮かべてから頷くと、カクはそれを嬢ちゃんに差し出した。
ただ、説明もなく渡されたそれを目にしただけで一体これがなんなのかを把握できる筈もなく、嬢ちゃんは受け取った紙を見た後に「ええ、っと、これは」とどこか申し訳なさそうに困惑を滲ませて呟いた。
その言葉に「あぁ、ごめんごめん。説明してなかったね。」と言葉を返した〇〇は、どこから話したものかと言いながら思案顔を浮かべたのち、「えーと、さっき私が船を見てたでしょ?」と配送船を指さした。
「え、あぁ、うん、そうだね。結構じいっと見てた」
「おれの問いかけにも生返事だったな」
「あれ、パウリー話しかけてたの?」
「聞こえてなかったのかよ!」
「あはは…いやぁ、ちょっと別のこと、というか、なんか船がほんの少しだけ変な揺れ方してたからさ、何かあったんじゃないかと思ったら気になっちゃって。それで実際に潜ってみたら、カクが書いてくれたポイントを打ったあたりに亀裂があって……あ、隣がその亀裂のサイズね。」
「亀裂?」
「うん、真新しい傷だったから最近出来たものだと思うんだけど。」
「……凄い。よく、気付いたね。」
「勘だけは鋭いからのう。」
「勘だけって何よぉ、腕もありますぅ~。」
確かに、カクの言うとおり〇〇の勘は鋭いように思う。依頼を受けておらずとも波を受ける船の揺れで状態異常を察す事の多い〇〇は、こうして今日みたいに依頼を受けたわけでもない船を見てはガレーラカンパニーの啓蒙も兼ねて営業を行っているようで、彼女の営業によってガレーラカンパニーの売り上げは確実に上がっている。
まぁカクの言葉にじとりと睨む〇〇は、唇を尖らせて子供のように言い返して、カクもまた大工職職長というすげえ役職を持っているくせに、子供のように「ど~~だかの~~」なんて呟いていたが。普段はそんな子供じみた事を言わないくせに、こういうところを見るとやはり長い付き合いなのだなと思う。
「あはは……」
「あ!あ、ただね、今回は私が気になったから見ただけで別にガレーラを使って欲しいってわけじゃないし、亀裂の様子からも今すぐに修復しなくてもまだ大丈夫だと思ってて、その、……長い目で見た時の参考にしてくれたら嬉しいなって。」
「――うん、ありがとう。」
「ま、取り合えずこれぐらいの傷じゃったら即日修理できるじゃろうから、修理の許可が下りて企業選定を行う際にはどうぞご贔屓に、じゃな。」
「そうそう、そういうこと!ガレーラカンパニーは私たち三人をはじめとした優秀な職人も揃えてますのでどうぞご贔屓に!」
宣伝文句のようなことを言いながら、おれとカクの間に入った〇〇は左腕を俺の腕に絡ませて、右腕をカクの腕に腕を絡めて引き寄せるようにぎゅっと力を込めて笑う。それがなんだか嬉しいやら照れくさいやら何やらなのだが、腕が抱かれるってことは〇〇のハレンチ極まりない胸に押し付けられるわけで、ぐにゅうと柔らかい感覚が腕に広がると照れくささが一気に何処かへと吹き飛んで、代わりに熱湯を浴びたような熱が一気に顔面へと集まった。
「だあああ!!〇〇!胸をあてるんじゃねぇ!!」
「うん?あ、不可抗力だよー。ほら、カクを見てみなよ。全然動揺してないでしょ」
「そうじゃそうじゃ。」
「うるせぇ!!!こいつはお前に甘いのと慣れてるだけだろうが!!!」
そうおれが声を荒げると、〇〇はまたにこーっとやけに嬉しそうな表情を浮かべて「わー!パウリーが怒ったー!あ、シシトビちゃんそれじゃあまたね!」なんてクソガキみたいなことを言いながら駆け出した。
やっぱりあいつは生意気で、おれはもう一度だけ大きくため息を吐き出せば、カクと共にあのハレンチ馬鹿女が駆けて行った方向――ガレーラカンパニーへと歩みを進めていく。
気付けば日は落ちかけていて、夕刻時の空が燃えるように茜色の空になっていた。いつの間にか、先を歩いていた筈の〇〇は少し前を歩くカクの隣で笑っていて、「パウリーも早くおいでよ」と笑みを向ける。そうしておれは二人の間に割り込むように入って、二人の肩に腕を回せば、仕事帰りに酒でも飲みに行こうと誘いながら陽気に帰路につくのだ。