師匠とチビ弟子

「あんたなんて、人間だったら見向きもされないくせに」
「カクくんもルッチさんも、みんなアンタが人間じゃないから見てるだけって気付かないの?」

 このグアンハオという小さな世界の中で、一際目立つ優等生が劣等生ひとりを贔屓にすれば、妬み嫉みを抱かれるのは当然の流れであり、優等生の目が届かぬ場所で、劣等生を取り囲んだ子供たちが罵声を飛ばす。その内容はどれもいわれのない悪口ではあるのだが、それをうるさ~いと言って一蹴するには、あまりに弱すぎた。あまりに幼すぎた。

 アネッタは睫毛を伏せて涙を堪える。下の方では手が白くなるほどの強い力で拳を握ったが、「黙ってないでなんとか言いなさいよ」とぶつけられた理不尽にぐらりと体勢を崩すと、後ろへと尻もちをついた。

 ただ、劣等生が体勢を崩せば、ほらやっぱり弱いのではないかと子供たちはつけあがる。悪びれる気持ちなんて一切無く、ひとしきり罵声を浴びせると、遠くで聞こえる優等生の声を聞いて「ルッチやカクに言ったらどうなるか分かってるだろうな」なんて、ご丁寧に釘まで刺して去っていった。

「………そんなの、……分かってるもん」

 小さく呟いた言葉。

 自分が彼らと同じ人間だったなら。自分が竜人族という希少種であることを理由に一緒にいてくれるのではないか。そんなこと、言われるまでも無く何度も考え続けてきた。だから彼女たちの言う言葉は余計なお世話でしかない。しかし、それを言い返せるほどの反論が思い当たらないのだ。
 自分は愚鈍で劣等生で、頭も悪いから。アネッタは暗い顔のままゆっくりと立ち上がる。お気に入りのズボンは黒く煤けてしまって、いくら払っても汚れが取れることはない。

 それは、茜射す午後四時の出来事であった。

 いつもはピイピイとカクについて回る金魚の糞が居ない。カクに聞いても、「ジャブラも知らんのか」と困った顔をするだけで見つかる事は無く。まあ腹でも空かして帰って来るだろうと放念していたが、日が暮れてもアネッタの姿が見つかる事は無かった。

 もうしばらくすれば夕食の時間だ。その頃までに姿が無ければ失踪だの逃走だのと言われて、世界政府の大人たちが総出でアネッタを探す事になるだろう。そうすればあのちんちくりんは以前と同じように地下にある懲罰室に閉じ込められるわけだが、どうにもそれが心に残る。まるで小骨でも刺さったような、そんな違和感であった。

「……ったく、あの馬鹿どこにいんだよ…」

 鍛錬と称して外に出る。日暮れ前と言う事もあり、空は茜色で、授業を終えた子どもたちの姿は見えない。それは辺りを見回してみても変わらない、ただ、そういえば随分と前に子供二人が入れるようなサイズのウロがあると言っていたことを思い出し、秘密だからねと言われた大樹の傍までやってきた。
 グアンハオの中でも、随分と大きく育った大樹の根本にぽっかりと空いた穴がある。いわゆるウロと呼ばれるこの穴は、確かに子供が二人程度なら入れそうなほどの大きさで、膝を折ってしゃがみそこを覗き込むと暗がりの中に小麦色の何かが動いた。

「おい、チビ。こんなところにいたのか」
「ジャブラ……?」

 案の定、そこにはアネッタがいた。

 なんだやっぱり此処にいたのか、と息を落としたのはほんの一瞬のことで、次に続いたのは驚きであった。彼女はぎらりと光る鋭利なものを、角に宛がっていたのだ。それも、足元にはぱらぱらと小麦色の髪の毛が落ちており、アネッタはおれに気付くや否や角に宛がっていたものを後ろに隠す。

 ああ、なんでまたこんなことを。面倒臭さが九割、多少の心配に似たものが一割。小さく息を吐き出したおれは手を伸ばしてアネッタの腕を掴むと、無理やり引きずり出しておれの前に立たせた。

「おい、ここで何してんだクソガキ」
「あ、あの……」

 普段から叱っていることもあって、彼女は茶化すために怒っているわけではないと理解したらしい。さあっと血の気を引かせた青い顔は地面を見つめて、金色の瞳が魚のように右に左にと泳いでいる。

「………なんでもいいけどよ、ナイフなんてどこから持ってきたんだよ」

 尋ねると、彼女は恐る恐ると言った様子で後ろに隠した手を差し出す。
 その手には、ナイフではなく、角が鋭利になった大きな黒曜石が乗っていた。

「……こ、くようせき……だよ?」
「だよ?じゃねぇよ。……別に物はなんでもいいんだけどよ、これはどこから持ってきたんだっつってんだ」
「あ、あの…この間拾って……」

 黒曜石は、マグマの一部が急速に冷え固まってできたガラス質の火山岩だ。つまりこの辺りで黒曜石を拾ったということは太古に火山があったということか、それとも海に囲まれた土地柄流れついたのか。まぁ今はどうだっていい。おれは差し出されたそれを受け取り、代わりにアネッタの腰を抱いてひょいと持ち上げてやると、クソガキのちんちくりんは驚いたように目を瞬いた。

「お前な、普段カクの傍にいんだから一人でいるなよ」
「……っで、でも……」

 言い淀むアネッタ。その瞳はじわじわと涙が浮かび、小さく息を吐き出したおれは「なんだよ、まーた虐められたのか」と訊ねた。

「み……んなが…人間だったら…お前なんかカク、ジャブ、ラたち、から見向きされてないっ、…って」
「ぎゃはは…くっだらねぇなぁ」
「でも、わたしちがうもんっていえなくて……」
「どうせお前が劣等生だから、気に食わないやつがいるんだろ」
「……、……」

 このちんちくりんがくだらねぇ虐めに合っていることは知っている。だから特に驚く事は無いし、こいつからそれを聞いたとて、胸を痛めることはない。ただ、先ほどと同じように、今日は其れが妙に引っかかってしまう。

「……あのよ、お前が角を切り落としたことで、何も変わることはねぇよ」
「……うん……」
「……馬鹿でもそんくらい分かるだろ」
「………うん」
「……まっ、言われたくなきゃ強くなるしかねぇよな。おれ達は実力が全てだ、こんなことしてる時間があるんなら鍛錬でもするんだな」
「……うん」

 ちらりと見た彼女の角には深い傷跡が残っていた。これを切り落とそうと思ったなんて馬鹿げているが、馬鹿なコイツの事だ。今出来る事としてはこれしか思いつかなかったのだろう。そしておれ自身随分甘くなってしまったと頭を掻いたが、アネッタはおれの首に腕を回してぎゅうと抱きしめると「じゃあ今から特訓つきあってくれる…?」と甘えたことをぬかしたがそれは御免だ。

 しかし、「嫌だ」と言っても「おとなはこどもの手本にならなきゃだめなんだよ」と大真面目な顔で言って一蹴される羽目になった。ああ、くそ、面倒ごとに首を突っ込んじまったな。