みんなの妹

 セントポプラを出航して数日が経った。ルッチが長官――いや、スパンダム相手に必ず戻ると宣言したが、いまや我々は元CP9の追われる身。これからどのように動くかは目下の課題であった。

「アネッタァ、そろォそろ起き〜ねェ〜かァ〜」

 作戦会議前だというのに、船内会議室の長テーブルに突っ伏して眠るアネッタを見て、向かいに座るクマドリがどこか呆れたように零す。起こすためか、しゅるりしゅるりとクマドリの髪が机を這いクマドリ側に伸びた手を捕らえると、左右に軽く揺さぶったようだが、眠りが深いのか手首はぷらんぷらんと力無く揺れるだけで、持ち上げた手から髪が解かれると、ぱたりと倒れた。
 見かねたルッチが背後に立ち、「……オイ、アネ。」と書類の束をアネッタの頭の上に落とすように軽く叩く。

「んぐ…………ぅ…」

 アネッタが小さく呻いた。
 まぁ、呻くだけで起きはしなかったが。

「起きんのう」

 右隣に座るわしはテーブルに肘をついて、ついでに手のひらに顎を乗せた体勢で呟くと、わしの向かいに座るカリファとブルーノが、事前に配られた書類に視線を落としたまま「昨夜は不寝番だったみたいね」「会議前も書類作成をやっていたようだな」とフォローを見せる。

 基本的に不寝番を行ったものは、午前から午後にかけて睡眠時間確保のため仕事は除外されるのだが、運悪く雑務などが立て込んだアネッタは、睡眠時間を確保できなかったらしい。姿が見えないので、てっきり寝ていると思ったのだが、まさか仕事で缶詰になっていたとは。

「するってェとアネッタは無睡ってェこと〜かァ〜?」
 なるほど。どうりでぐーすかと寝ているわけだ。
「いま寝ておるけどな。」
「……起きろ。」

 とはいえアネッタが起きないことには会議は始められない。ルッチはじとりとアネッタを見下ろすと、一度頭に落とした書類の束を持ち上げて、もう一度それで軽く頭叩く。しかし、アネッタはもともと一度眠ったら中々起きない性質だ。そんな奴に対して優しく頭を叩いたところで起きる筈もなく、それどころアネッタは枕替わりにした右腕に顔を埋めたまま「んんん」と呻くと、空いた左手でルッチの手をペイと払うではないか。

 これには左隣に座ったジャブラも大喜びだ。「ぎゃはははは!良いぞアネッタ!!ざまぁねぇなぁ!ルッチぃ!!」と大笑いして、ルッチの鋭い視線がジャブラに向けられる。ああもう、大人気ない。

「やめんか二人とも。」

 そうして二人に向けて制止するよう声を掛けた瞬間、大波を受けたのか、船が傾いたのではと思うほど大きく揺れる。

咄嗟に、眠るアネッタが転げぬよう背中に手を回すと、背後に立つルッチの足が、アネッタの座る椅子のつなぎ貫を抑えるよう踏み、クマドリの髪が手首を絡めとり、ジャブラの足がルッチとアネッタの間に差し込まれる。それぞれ行動は違えど、行動の意図は同じで、恐らくはアネッタが転げないようにしたのだろう。全く、なんだかんだアネッタに甘い奴等だ。

 そこに伝声管を伝って「チャパパー、外で海賊たちが船に向けて砲撃をしてきてるぞー」という連絡が入る。声の主は、特徴的な話し方で分かるとおり、外で見張り番をしていたフクロウだ。呑気な声なので緊急度合いは測りずらいものの、あの大きな揺れが砲撃によるものであれば、それなりに近い距離なのではなかろうか。ルッチは伝声管に向けて「フクロウ、船の数は」と問いかける。

「チャパパー2艘だぞー。」

 2艘。これが1艘であればフクロウ一人で制圧もできるだろうが、制圧している間に残りの1艘から横を取られて挟まれた場合は厄介だ。ルッチもそう考えたのか露骨に舌打ちをしては、「行くぞ」と短くわしらに向けて指示を落とす。

「おーおー、忙しいなァオイ。」
「あら、いいじゃない。暇つぶしにはなるわよ。」
「相手によっては世界政府への手土産になるかもしれんな。」
「ははァ、こいつぁ昼間ッから縁起がいいわぇ!」

 ジャブラ、カリファ、ブルーノ、クマドリがそれぞれに言葉を返しながら立ちあがる。

 しかし、そうなるとアネッタはどうなるのだ。彼女はまだぐーすかと眠ったままだ。

「ルッチ、アネッタは起こすか」

 問いかけると、ルッチはこちらに目もくれず「万全でない奴は邪魔だ。必要ない。」と零す。ジャブラに関しては「というかどうせ起きねぇだろ」とげらげらと笑っていたが、なんだかんだアネッタに甘い奴らだ。単純に自分たちでやるから起こす必要はないとか、そういう意味なのだろう。

「……ま、それもそうじゃな。じゃあわしは部屋に戻してから合流する。」
「あぁ。」

 そうして全員が甲板へと向かう中、アネッタをおぶって甲板とは逆方向に足を進めたわしは、アネッタの部屋にあるベッドへと彼女を転がす。多少雑にはなったが、起きていないのでセーフだと思いたい。

 しかし、こうして雑に転がしたというのにアネッタは起きる兆しも見せずに、すうすうと眠り続けている。先で話したとおり、元々一度寝たら起きない性質ではあったが、たった一日の徹夜でこうなるものだろうか。

不思議に思い彼女を見下ろしてみると、薄っすらとだが目元にクマが出来ていて、そもそも寝ていないのは一日どころの話ではないのではと、親指の腹で目元を撫でると、キュッと眉間に皺が寄って「んんん」と少しばかり不機嫌そうな声が落ちる。

「ふ……、…折角のお遊びに参加できんとは、不憫な奴じゃのう。」

 どおんと船が揺らぐ。

 ああ、戦闘に入ったのだろうか。天井からぶら下がったペンダントライトがゆらゆらと揺れる。色々と名残惜しい気もするが、ひとまずルッチが不機嫌になる前に戻った方がよさそうだとわしはベッドに手をついて立ちあがろうとすると、何か手を引かれるような感覚を覚えて、違和感を覚えた腰を見る。すると、アネッタの手がわしの上着をしっかりと握っており、試しにクイと引っ張ってみたが、わしの上着を布団だと勘違いしているのか、不機嫌そうに「ンンン」と言いながら上着を引く。寝ているくせに、なんとしても離さないという強い意志が見える。

「……、…仕方ないのう。」

 まぁ、上着が無くて寒い思いはすれど、死ぬことはない。仕方なしに上着を脱いで、アネッタの上に被せてやると、満足したように眼元をふにゃりと緩めて猫のように体を丸めた。

「……暫く寝とくんじゃぞ。……なあに、すぐ、終わらせてくるわい。」

彼女は幸せそうに眠っていた。一度手を伸ばして彼女の頭をくしゃりと撫でたわしは、彼女が眠っていることを良い事に、身を屈めて目尻へとキスを贈ってから立ち上がった。

 さて、一仕事、一仕事。
 アネッタが起きた時には、面白いことがあったと自慢してやろうと思う。