竜の暴走熱

 手の痺れに節々の痛み。風邪の兆候にしては動悸が強く、焼けるような熱を感じて「あ、これは竜の暴走熱かもしれない」と思った時には、手にしていたマグカップを落としていた。
 割れる音を耳にしながら、追いかけるように体が床へと倒れて頭を打つ。意識は遠のく前で、目の前に転がったマグカップの破片に「あぁ、折角お気に入りだったのに」と思ったのは、これを購入した時の事が頭を過ったからなのかもしれない。

「……っ、ぅ………」

 心臓が焼けるように熱い。背骨を隆起させるよう体を丸めると、ちょうど翼の付け根あたりがヒリヒリと腫れるように痛みだして、たまらず助けを呼ぶための小型電伝虫へと手を伸ばしたが、ばくばくと頭に響くほどの大きな動悸のせいか手が震え、視点が定まらない。それどころか震えた指先は近くにあった小型電伝虫をころんと倒し、外れた受話器は何処かに繋がったようだが段々と重くなる瞼に抗えず、そのまま私は瞼を閉じた。

 次に目が覚めると、目の前には見知った天井があった。しかし、此処は自分の部屋ではないのだろう。視線を動かした先には自室にはない絵画が飾られており、それがカクの部屋にあったものだと思い出したのは、実に数秒立ったあとのこと。

 随分と頭の回転が遅くなっているとは分かったが、それよりも思い出したように痛み出した頭をもってして考えることも出来ずに小さく息を吐き出すと、手元で何かが触れて視線が其方へと向く。見ると、其処にはカクがいた。ただ、居たといっても彼はベッドに突っ伏して眠っており、どうやら眠る私を介抱している間に寝てしまったようだ。

「……、……」

 加えて、カクの大きな手が私の手を握りしめている。触れると肌を焼くほどの熱を持った手には一枚布を噛ませているが、それでも肌を焼くほどの熱を握り続けていれば多少のダメージはある筈だ。しかしながら私は身勝手なもので、それを理解しながらも手を離すことが出来ない。カクが怪我をするか、自分が手を離すか。天秤にかければ間違いなく自分が手を離すべきだと分かるのに、何故だか手を離すことが出来ないのだ。

 代わりに、布越しではあるが彼の指先を撫でる。幼い頃は自分と同じ目線にいた彼は、いまや自分より大きくて、その分大きな手は分厚くて、それでいて暖かい。爪は船大工らしく短く切りそろえられており、太陽さんさんの中で焼けた肌はいつもよりも濃い色に見える。

 その時、丁度良くカクが目覚めて言葉を落とす。しかし眠りに落ちていたのは想定外だったのだろう。彼は跳ね返るように勢いよく顔を上げて此方を見つめると、分かりやすく安堵したような表情を向けてゆっくりと息を吐き出した。

「…おお……起きとったのか…」
「え、あ、うん……」
「此処がどこか分かるか?」
「カクの家、だよね?」
「あぁ、お前には悪いと思ったが倒れておったから此方に連れてきたんじゃ」

 このウォーターセブンでは一人暮らしをしているが、彼らやそのお上の人は完全にひとりにすることを良しとはしなかったようで隣にはカクが住んでいた。まぁ特にそれが嫌だと思ったことはないし、そのお陰で彼が気付いてくれたのならば、こんなに良い話はない。握られていた手が離れて、頭の上へと伸びる。

 もしかしたら火傷しちゃうかも。そう思ってきゅっと瞼を閉じるけれど、彼の手は迷うことなく頭に触れて、右に流れ、左に流れ。優しく頭を撫でる。

「ん……」
「……まだ熱が高いのう。頭は痛くないか」
「痛い、けどさっきよりかは平気」
「そうか」
「……あの、…さぁ、……どうして、悪いの?」
「うん?」
「お前には悪いと思ったが、っていったから」
「あぁ、まぁ、そりゃあ悪いじゃろう。勝手に連れ込んだんじゃから」
「……?…変なの、カクの部屋ならいいに決まってるのに」

 カクが一緒でやだなぁなんて思ったのは、喧嘩をした時ぐらいだ。なんせカクは怒ったらとても怖い。ちくちく嫌味を言うし、足も出るし。けれども今は喧嘩をしているわけでもない。だから特に彼が一緒で、ましてやカクの部屋が一緒で嫌だと思うことは無いのだけれど、彼は頭を撫でる手をぴたりと止めると私を見つめた。

「……、……」
「…?」
「タチの悪い女じゃのう」
 少しばかり愛想を失った声が零す。彼の言う意味も分からず、「どういうこと?」と尋ねたが、彼はそりゃあもう盛大に息を吐き出すと「鈍感女に呆れとるんじゃ」と零して、もう一度頭を撫でた。