新年早々、喧嘩した。内容は、御雑煮のお餅を一つ取られてしまったとか、そういう下らない内容だったと思うのだが、その日の私は妙に虫の居所が悪く、流すことが出来なかった。喧嘩相手のカクも、まさかそれで本気になって怒るとは思っていなかったようで、御雑煮をかき込む私に「おい、喉に詰まるぞ」とか何とか言っていたが知ったことか。
せっかく前の日から仕込んで丁寧に作ったお雑煮だって泣いているかもしれないが、今の状態では美味しく食べれそうにはない。よって、味わう事もせずにかきこむようにして平らげると、横にあるお茶を一気に飲み干して立ち上がった。
「ご馳走様!」
勢いに、カクがびくりと肩を揺らす。一緒にお雑煮を食べていたジャブラは「正月からうるせーなー」なんて迷惑そうに言いつつも、特に介入する気はないらしい。彼はズズズと汁を啜りながらリモコンを取って、テレビの音量を上げると「おいバカッタ、外に出るなら酒買ってこい」と言ってきた。
「はぁ?なんで私が」
思わず出てしまう機嫌の悪い声。
「行かねぇのか?」
「行くけど……」
「じゃあ買って来いよ、正月なんだからしょぼい酒なんか買ってくんなよ」
そうして気付けば買い物に。ああ、これだから末っ子は割を食ってばかりなのだ。醜い恨み節は暫く管を撒いていたが、だからこそ外に出て良かったのかもしれない。ひんやりと冷たい風が怒りを鎮めるように頬を撫で、気付いたら住宅街も家ごとに締め縄が飾られていたり、小さな門松が置かれていたりと正月らしい雰囲気になっていた。
途中で横を通った公園では今時珍しく羽子板で遊ぶ親子の姿もあり、子どものころはジャブラやルッチ、それからブルーノにもこてんぱんにされたことを思い出した。あの時は筆ペンで丸やらバツやらと落書きをされて、施設に帰るまでが凄く恥ずかしかったが、ああやって羽つきをしなくなったのはいつからだろう。
気付けば、私は随分と大人になっていたようだ。そう考えるとお餅一つであそこまで怒ることはなかったかも、なんて思うわけだがなんだか謝るのも気まずい。ああ、やだな。こういうところは大人にならなくたっていいのに。
「……、……謝らなきゃなぁ」
遠くで、羽つきを楽しむ親子の笑い声が聞こえる。なんだかそれが余計に虚しさや寂しさを煽るようで、私はそれを公園の入り口から眺めていたが、眺めていても事態は変わらない。空気の入れ替えでもするようにゆっくりと息を吐き出して、もう一度歩き出す。向かうはお酒の品ぞろえが良い駅前のスーパーで、そこまでの道も行きなれたものだが年始ということもあり、スーパーのある駅前近くは酒を匂わせた機嫌の良い人も多い。
そこで、なんだかやだなと思ったのは、其処にたむろした男たちが此方をじろじろと視線を送ってきたからで、男たちが此方を見て何か口を動かしたあと立ち上がると、思わず緊張が走る。
このまま走って逃げてよいものか。
でも、感じが悪いと目をつけられたら?
でも、でも、このままでは。頭の中を巡らせたところでパニックが上回るが、それよりも先に追いつかれたのか腕が掴まれてびくりと体が弾む。
「アネッタ」
「あ……」
目の前に、カクがいた。カクは私の手を掴んだままで、すぐそこまできていた男たちをじろりとひと睨みすれば、彼らは相手をするのは無理だと判断したようだ。舌を打ちこちらに向けてはくはくと口を動かしていたがそれ以上手を出すこともなくどこかへ行ってしまった。
そうして訪れる沈黙。しかし「アネッタ」ともう一度名前を呼ぶ声があまりにも優しかったから、私はそのままその場にしゃがみこみ「こわ、かったー……」と小さく零した。
「ん、間に合ってよかったわい」
怖かったなぁと同じように膝をまげてしゃがみ、頭を抱き寄せてくれるカク。耳元で聞こえる声は穏やかでありながらも心配を滲ませており、「何もされておらんか」と尋ねながら頭を撫でた。
「うん……カクありがとう……」
「ん、いや、……わしこそ追い付くのが遅くなってすまん」
「……追いかけてきてくれたの?」
「まぁな」
予想外の言葉に顔を上げる。カクはそんな私をみて息を漏らすように笑いながら、親指の腹で目元を拭う。「追いかけて正解じゃったな」と続ける言葉はやっぱり穏やかで、そこにはお互いにごめんなんて言葉は無かったけれど、不思議と胸にあった筈の気まずさや怒りは消えていた。
カクはよいせ、言いながら立ち上がる。それから自然な流れで手を伸ばすので、彼の手を借りて立ち上がると、「じゃあ、買い物に付き合ってくれる?」と尋ねた。
「もちろん、…ワハハ…今年初めてのデートじゃな」
「……あ、本当だねぇ……まぁ、実際は買い出しだけど…」
「そこは買い出しデートでいいじゃろ。奴らの酒でも選んでやるとしよう、ジャブラからお金は貰ったんじゃろ?」
「うん、なんとジャブラくん一万円もくれたんだよ」
「ほー、奴にしては気前がええのう。やっぱり正月じゃからか?」
「そうかも、だからさこれで私たちのおやつも買っちゃおうよ」
「いいのう、折角一万円もあるんじゃ。ちとリッチなものにしたいのう」
「いいねぇ」
カクは何を食べたい?
借りたままの手には指を絡めて、私たちは歩く。お財布の中には一万円。なんだか今年はいいことがあるかもしれないなんて思ったのは、都合が良すぎるかもしれないけれど、隣を歩くカクがにこにこと笑っていたので、やっぱりいい一年の始まりだとそう思うのであった。