チェス勝負(🐼)

 二千年と言う長い寿命の関係で、十八歳を過ぎてもいまだ精神が幼い彼女は、カクと共に最年少でCP9に昇進した割に単独任務を任された事が無い。それは彼女の精神的未熟さを考慮すれば当然の判断と言えるが、面白くないと感じるのは共に昇進したカクばかりが単独任務を任されているからだろう。
 機嫌の良い時に少しの勇気を振り絞って直談判をしたアネッタ。その時は機嫌が良い事もあり「おれに一度でもチェスをして勝てれば、単独任務でもなんでも任せてやるよ」と答えを引き出したまでは良かったが、意外にもスパンダムは強かった。いや、もしかしたら彼女が弱すぎたのかもしれない。
 これまで機嫌が良い時に胡麻すりながら挑んだ勝負は二十戦二十敗。あまりの負けっぷりに、才能がないだの弱すぎるだのと散々嘲笑われてきたがそれも今日で終わりだ。

「チェックメイト!」

 彼女の持った駒はクイーンの前に。初めての勝利はようやく彼女のもとに訪れたらしい。アネッタ拳を握り、両手を天に突きあげて喜びを表現したものの……勝利したからといってハイそうですかと単独任務が渡される事は無いらしい。
 向かいに座るスパンダムが、露骨に表情を歪めたあと、手に残る駒を落として息を吐き出した。

「たったの一勝だろ?」

 小馬鹿にしたような物言いに白けた眼差し。これにはアネッタも「でも、約束が」と異を唱えるが、彼は友達ではなく上司だ。上司が不快を示せば、それ以上は何も言えずに言葉が詰まる。数刻の間と深まる眉間の皺。アネッタはその引くべきタイミングを逃す事は無く、曖昧に場を濁すと落ちた駒を拾いチェス一式を片付ける。
 その間、二人きりの空間に会話は無く、片づけを終えて立ち去ろうとしたアネッタにスパンダムが尋ねた。

「お前よ、なんでそう単独任務に出たいんだ」
「え?」
「単独任務ってのは、責任を全て追う事になる。任務を遂行すりゃあ功績は大きいが、……失敗が許されず、任務遂行が当然のおれたちが遂行する事を誉められる事は無え」
「……」
「であれば、カクやルッチが居る任務にお前をつけたほうがまだ任務人員が強化されて良いとおれは思うんだが」

 静かな声音に、尋ねるような物言い。アネッタはそれを聞いても尚、これ以上の意を唱える事は立場上出来ない。それを知ってか知らでか、スパンダムはチェス盤を両手で抱えて子供のように立ち尽くす姿に息を吐き出した。

「お前、これまで長期任務の経験はなかったな」

 唐突な問いかけ。
 何か提案があるということだろうか。少しの戸惑いを露わに頷く。

「え?あ、は、はい。一カ月とか、二か月はありますけど……」
「そうか。……まァ、どのみち任せたい単独任務の仕事は無え。……代わりに長期任務にいれてやる。いいか、場所はウォーターセブンで期間は五年……」
「っ本当ですか?!」
「あ?」
「わあ…初めての、長期任務……!!」
「メンバーはルッチ、カリファ、ブルーノ、カク……」
「カク?!カクもいるんですか?!や、やったーーー!!」

 そのとき丁度入ってきたルッチとカク。どうやら書類を提出しにきたようだが、喜び真っ只中の姿はなにか異様に見えたらしい。カクがぎくりと顔を強張らせた瞬間、全速力で走るアネッタが顔面に飛びつくように抱き着いて「もがぁ!」という声とともにカクが後ろに倒れ、頭を打つ。目の前で瞬く星は決して良いものではないが、見下ろすアネッタは大興奮だ。「カク!あのね!今度の長期任務は私も行っていいんだって!」「場所はウォーターセブンで」「期間は五年で!」「っどうしよう!荷物何持っていけばいいかな?!」「そうだ!これから海列車に乗って買い出しに」……ああ、これだからお子様は。少し離れたところから「やいバカッタ!話を聞きやがれ!」という怒鳴り声が聞こえ、彼女の頭にはルッチの重たい拳骨が落ちる。
 その後、正座をさせられて長時間での説教が始まったことは言うまでもないが……彼女はいつまでもソワソワソワソワと肩を揺らしていた。