「好きです、付き合ってください」
天真爛漫な彼女が好意を抱かれる事はいまに始まった事では無いが、彼女へ向いた好意がどうにも不快で仕方がない。茜射す夕刻時、校舎裏にて告白をする生徒に驚きを示したアネッタが、視線を落とす。暫くの間を空けて返した言葉は当然の内容ではあったが不快さは拭えず「アネッタ」と手を引いて、指を絡ませながら一緒に帰ろうと誘うと、男は露骨に動揺を示して此方を見た。
「アネッタ先輩……あの、その人は」
「みなまで言わんとわからんか?」
間髪入れずに返した言葉。その言葉に男は下唇を噛みしめて、さも悲しいですって表情をしたが知った事ではない。アネッタはそれを見て声を掛けようとしたが、其方に興味が向いても困る。カクは踵を返す男を横目に彼女の手を引いて、意識を自身に向くよう仕向けると「わしと一緒に帰りたくないか?」と急かした。
「え、あ、そうじゃないけど」
でも、話が。とアネッタの視線が逸れる。
しかし、彼女が其処を見た頃には男の姿は無く、隣で瞬く瞳が驚きを滲ませて息を吐き出した。
「もう……過保護すぎない?」
彼女の瞳がカクを見る。不機嫌と言うか、呆れと言うか。彼女はカクの意図を理解したような口ぶりで言うが、アネッタはカクのなかに渦巻く心情を一割も理解できていない。それを今更明け透けに語るつもりは無いが、全て分かったような口ぶりが妙に小生意気に見えたので、頬を抓りながら「なんじゃ、さっきの男が好きなのか?」と訊ねると、指先に伝わる熱が少しだけ上がったような、そんな気がした。
「そ、んなことない、けど」
上擦る声に、逸れる瞳。その瞬間、不思議なことに口の中が苦くなったような気がして言葉も返さずにいると、彼女が少し遠くを見ながら「両想いの人って、自分のことだけを好きでいてくれるんだって」と憧れるように語り、そして足元に転がった小石を爪先で転がした。
「ほら、私って誰かと付き合ったことないし、なんかそういう関係性っていいなって思って。私のクラスでも付き合ってる子多いんだよ」
あとはねぇ、付き合ったら手を繋いでお出かけいくんだよ。デートはゲームセンターとか、映画を見に行ったりするんだってと一体誰に聞いたのか知識を披露するアネッタだが、こうしている間も自分たちは手を繋いでいるではないか。
カクは双眼を細めた後、繋いだ手を緩く上げると「なんじゃ、わしとしとるな」と呟いた。
「あ、ほんとだ」
「遊びにも一緒にいっておるしのう」
カクとアネッタはもう十年来の関係性である。ゆえに彼女の言う事はとうの昔からやってきたことで、それが恋人だと定義づけるのであれば条件を満たしている筈。単純なアネッタもそれを聞いて確かにそうかもしれないなんて顔を向けたが、彼女の中での恋人とやらはまだいくつかの条件があるようだ。彼女は何か思いついたような顔をしたあとに、長い睫毛を伏せると耳を赤く染めながら「でも、好きな人とは……その、キスもするんだよ」と零した。
「へぇ」
短く言いながら、少しばかり屈んでキスをする。場所は彼女の口端に向けてだが、十年来の幼馴染という関係性をもってしても、今回ばかりは予想外の行動だったらしい。彼女は「へ、ぁ」と間抜けな言葉を落としたっきり動かなくなってしまった。
「ワシャ出来るが……わしじゃいかんのか。その恋人とやらは」
「え、と」
「お前の言う恋人の条件を達するには、あとは何をしたらいいんじゃ」
彼女が馬鹿である事はいまに始まったことではないが、目の前にある好意に気付かないのは幼馴染という関係性のせいだろうか。まるで灯台もと暗しだ。彼は、もうずっと前から彼女のことが好きで仕方が無いと言うのに。
アネッタは動揺から瞳を揺らす。「あの」だとか「えっと」と言って言葉を探す様子は酷くおかしくて、拒まないことを良い事に「わしじゃ嫌か」と訊ねた彼は、その後の反応を見て彼女の手を握り返すと「じゃあ、決まりじゃな」と囁いた。