小さな竜は甘やかされる!

「お前よお、コイツのこと甘やかしすぎじゃねえか」

 ジャブラが訊ねてきたのは、夕食を終えて暫くの事。唐突すぎる物言いに、カクは作業を止めて一体何のことかと思うたが、考えを巡らせたとて思い当たる節が無い。よって、そこで続くは反論でもない思案の沈黙で、壁掛け時計にある秒針の音だけがやけに大きく響いていた。

「まさか、お前自覚ねぇのか?」

 ジャブラは目を見開くようにして驚きを滲ませた後、果物籠の中で眠る小さな竜の首根っこを掴んで持ち上げる。ぷらんと浮いた体は小さなもので、持ち上げられてもプウプウと鼻提灯を膨らませるあたり熟睡中のようだ。彼は野生の本能なんて皆無そうな竜を見て息を落とすと、カクに「これはなんだ」と訊ねた。

「アネッタじゃろ」
「そうじゃなくて、この角だ馬鹿」

 彼の指す小さな竜――もといアネッタの角には、手作りの角カバーが嵌められていた。いくつかの試作品を経て完成したそれは、中に綿が入ったキルティング生地で出来ており、根本をきゅっと締められるように黒いリボンをつけてみたのだが、中々の出来だ。この角カバーのお陰で、以前ほど枕やクッションを引き裂くことも無くなったし、彼女もまた、リボン飾りなどをつけてやることで、一種のオシャレであると捉え始めてくれたようだ。いまでは可愛い生地が良いなんておねだりを始めたのだが、其処に問題があるようには思えない。

 カクは訳が分からないといったような顔で首を傾げ、尋ねた。

「?、その角カバーが一体なんだと言うんじゃ、それは布を引き裂かんようにするための対策じゃぞ?……それに、わしはルッチのように豆を与えてなぞおらん」
「そりゃあアイツはバカスカ豆をやってるがよ、甘やかすっつうのは何も豆を与えることだけじゃねえってことだ」
「待て、だから一体なんの話じゃ。わしがいつどこで甘やかしておると言うんじゃ」
「だからよ…、……、………お前、本気でそれ言ってんのか?」

 沈黙の末に呆れた声。カクは矢張りいまいちピンときていないような顔をしていたが、じゃあそれは一体何なのだ。視線と指を指す先には、作業を止めていた縫物があった。それは、小さな彼女の体のサイズに合わせて作った、ちょっとした着ぐるみパジャマのようなもので、いまはフード部分に狐耳にも見える角カバーをつけ終えたところなのだが、これだって対策のためだ。これ一つで甘やかしていると言うのはいかがなものか。

「これは防寒対策を兼ねたパジャマじゃ」
「防寒対策って……冬島でも平気な生き物だろそいつ」
「……しかし、これもアネッタが引き裂かんようにするためじゃぞ?」

 そう、なんせ彼女は岩を全身に纏う岩竜だ。いくらその体が手のひらサイズと小さくても岩を生やした彼女はごつごつとしていて手触りが悪く、柔らかい布はすぐに引き裂いてしまう。だからこの着ぐるみパジャマだって、先のとおり単なる対策の一つなのだが、ジャブラはこれでも納得がいっていないようだ。彼は息を深く吐き出すと、今度こそ呆れたような口ぶりで「あほくせー…」と零し、そして果物籠のなかにアネッタを落とした。

「ふぎゃ!」

 一体何が起きたのか。訳も分かっていないような寝ぼけ眼が辺りを見回す。しかしそんなアネッタに構わず、ジャブラは果物籠や、その周りにあるものを指しては「これはなんだ」「あれはなんだ」と訊ねるがその質問の多さときたら。しかし、裏を返せば、それだけカクの与えたものが多いということだろう。はじめは「それは寝にくいだろうから買ってやったクッション」「面白かったから買った肉のぬいぐるみ」「暇つぶしに作った木彫り」と答えていたカクも、回答をしていくうちに歯切れが悪くなり、「ジャブラ、わかった、もういい。わしが悪かったから黙ってくれんか」と言った頃には、気まずさと羞恥でいっぱいの顔になっていた。

「んんん?なに?どういうこと?」

 いまだこの状況に理解が追い付いていないアネッタが、空気も読まずに尋ねる。果物籠から顔を覗かせてフスフスと鼻を鳴らす彼女は不思議そうにしており、ジャブラが「オメーが愛されてるって話だよ」と鼻で笑うと、カクは赤い顔で「ジャブラ!」と怒鳴るが後の祭りだ。

「なになに、どういうこと?わたし愛されてるの?」

 アネッタはジャブラの言葉に目を輝かせて、尻尾を犬のように振ってふたりを見上げるが、カクは普段よりも血色の良い顔でアネッタを睨むと、「煩い、黙っとれ」と機嫌悪く言って、アネッタの体をコロンと転がした。