船長の独断により、その身一つでレッド・フォース号に乗船した女が、この船に馴染むまでにはそう時間はかからなかったように思う。それは彼女のコミュニケーション能力がそれなりに高いことも起因しているが、それよりもキス程度ではあるが、ちょっとした性欲処理の捌け口に宛がわれたとしても、嫌がる素振りを見せず、都合の良い女で居たからなのかもしれない。
甲板にある帆柱の陰で、退路を断つように柱に手を当てて、自分よりも小さな身を囲んでキスをする。ただ触れるだけの行為は、確度を変えて繰り返したとしても一分とかからない上に、それ以上の触れあいも無いけれど、発散処もない船上でのお遊びは妙に気晴らしになった。
「姐さん、海図を見て欲しいんだが……その前に、さっきニュース・クーと何を話していたんだ?」
お遊びのキスを終え、余韻も無く尋ねると、初な反応も見せずに此方を見上げた姐さんは「キスが無いと聞けないわけ?」と不満を溢したが、愚問でしかない。あえてそれには言葉を返さず、「さっき、ニュース・クーと喋っていただろう」ともう一度訪ねると、彼女は何か思案するように視線を彷徨わせたあと、いやに口角を吊り上げてニュース・クーから受け取った新聞紙を掲げた。
「ええ、まぁ。このあたりの情報を色々とね」
「情報?」
「そうよ。このあたりの海域がどうなっているかだとか、この先にある島の事情とか」
確かに彼女は配達員のニュース・クーと喋っていた。ニュース・クーはカモメらしくクークー言うだけで何を言っているのかは分からなかったが、それを聞いた彼女は「あぁ、そう」「それは困ったわね」とそれらしく相槌を打っていて、傍から見れば会話は成り立っていたように見えた。
しかし、先ほどの思案顔といい、笑みといい、それに何より動物と会話をするだなんてどうにも嘘臭く思えて仕方がない。ただ、それをお頭やライムジュースを相手にぶつけるならばいざしらず、女性に言うのはどうにも気が引けて沈黙が走ると、彼女は南南東の方角に顔を向けて「南南東の方角で、何かひと悶着あったみたいよ」と言葉を付け足した。
「え?」
「嘘か本当かは、その望遠鏡を使ってみたら?」
言って、彼女は手にした望遠鏡を指さして笑う。これを使えば疑っていることが証明されてしまうが、彼女はそれでも構わないのだろう。寧ろそれを求めているようにも見えたので、サングラスを頭上に上げて、代わりに望遠鏡を使うと、彼女の言う南南東の方角でゆらりと上がる細い白煙が見えた。白煙の根本にちらちらと見える赤は炎だとして、それにわざわざ群がるようにして海賊船と海軍船が身を寄せ合っているのは、大方戦闘でもしているのだろう。ご立派なものだ。
ただ、まさか白煙も目視できない距離の出来事を把握しているとは。信じがたいが、たしかにニュース・クーから情報を得たと考えると腑に落ちる気がする。というか、でなければリアルタイムでの情報は得られないはずだ。
ただ、それを鵜吞みにして凄い!と言うには大人になりすぎた。どうにも素直に賞賛することも出来ず、暫くの沈黙の末に「確かに……海軍と海賊がやり合っているようだな」と零すと、彼女は肩をゆらゆらと揺らして笑いだした。
「あてずっぽうもたまには当たるものねえ」
「は?」
彼女は能天気に笑う。
「あははっ動物と話せるわけがないじゃない。単にニュース・クーが燻製されたみたいに煙臭かったから、飛んできた方角を入れて適当を言っただけよ。……なのにまさか信じてくれるだなんて……ふふ……っふ……君も随分と可愛らしいとこがあるじゃない」
「な……っ」
けらけらと、けらけらと、彼女は機嫌良く笑う。
ああ、してやられた。しかし、理解したときには後の祭りというもので、彼女はくすくすと肩を揺らしながら柱についた手によりかかり、僅かに動揺でどくどくと煩く走る脈を測るように手首へと耳を当てると「どれ、可愛い弟分を揶揄うのはこれくらいにして、海図でも見てあげようかな」とにこやかに、そりゃあもう機嫌よく呟いた。