本能を雁字搦めに

スラム街での一件から数日が経った。エニエスロビー長官室で一人用ソファに座ってどこか虚ろな表情を浮かべた〇〇を囲んだCP9たち面々は、少しばかり眉間に皺を寄せていた。カリファは意識を確認するように〇〇の顔前で手をひらつかせたり、頬を撫でたが〇〇が反応を返すことはなく、まるで精巧な人形が置かれているだけのようだった。
普段はサイファーポールらしからぬ元気さを持っている〇〇が、こんなことになっているからか、少なくともルッチ以外の者は動揺を示しているようで、カリファは静かに「これは…起きてるの?眠ってるの?」と問いかけた。

「その狭間じゃろうな。」
「…意識は戻るのか。」
「あぁ、時間経過で戻るようだからその点は安心してもよさそうじゃ。」

カリファとブルーノの問いかけに答えを返しながら、今回スラム街で徴収した小さな壺を取り出して近くに座るルッチに差し出せば、ルッチはそれを受け取って早々に封を開けてはふわりと上がった匂いにきつく眉を潜めた。

「これがその竜のお香か。」
「塗香…なのね。」

中身を見るだけで塗香であることを当てるとは、さすがはカリファだ。カリファは耳に髪をかけながらルッチの持つ小壺の中身を覗いて、それから手のひらで匂いを掬うように下から上に上げると、「あら、結構普通の匂いね」と意外そうに零した。

「商人いわく”人”には安眠・癒し効果を得られるものと言っておったんじゃが、竜人族に対しては意識を飛ばして操るものと効果が変わるらしいが…どちらかというと元々は対竜人用として作られたが、竜人族が滅びたことで使われなくなったものを竜のお香という名で、安眠・癒し効果が得られるといって売っておるんじゃろうな。」
「ま、確かににわかに信じがたいが、商人が塗った瞬間〇〇があの状態になったから、確かに効果があるものなんだろうな。」

わしの言葉に補足をするようにジャブラが呟くと、ルッチは眉間に皺を寄せたまま壺を見つめて「……対竜人族用として作られたものか、ということはそのスラムの商人は〇〇が竜人族であると分かって近付いたのか。」と問いかけた。

「いいや、〇〇が竜人族であると分かった瞬間、目をひん剥いて驚きおったわい。じゃからあれは白じゃろうな。」

渇いた笑いを落とせば、「偶然にしちゃあ、ン随分と悪いモンに当たっちまったァようでェ」とクマドリが気の毒そうに言葉を落とした。あぁ。本当に。これが毒薬じゃのうて本当に良かったわい。これが毒薬だったら彼女は命を落としていたのだから。

「それで、操るというのは?」

話を戻すように問いかけるルッチを見たわしは、いまだソファに座ってぼんやりとする彼女に向けて名前を呟くと、緩慢な動きながらも視線がこちらへと向いた。それから指令のように「立て」と零すと、〇〇は虚ろな視線なまますっくと立ちあがったのでジャブラやクマドリが「おお」と声を漏らした。

「このように、意識を飛ばして操るというのは催眠効果のことを指しているようじゃ」
「すげぇな。これが操るってことか……え、じゃあ例えばよ、おれでも出来ンのか?」
「ジャブラ、やってみるか?」
「お、おう。……よし、〇〇、座れ」

ジャブラが言う。しかし〇〇は反応を示さず、いまだぼんやりと立ったままだ。ジャブラはあれ?と首を傾げるので、彼に変わるよう「〇〇、座れ」というと、〇〇はそのまますとん、と椅子の上に座って指示を待つように静かに目を伏せた。
それに対してジャブラは舌打ちをして「あァ?なんだおれの時は反応しなかったくせにカクの言うことは聞くっていうのかよ」と零していたが、まぁ良い質問をしてくれたものだと思う。

「…残念ながらはっきりとした答えは婆さんの口から聞けずじまいじゃったが、文献によると一つ面白いことが記されておった。」
「面白いこと?」
「この竜のお香の使用意図についてなんじゃが、どうやら主従関係を結ぶ際の道具として使われたそうじゃ」
「主従関係?」
「…これは竜人族が滅びた理由に繋がるが、みんなは不思議に思わんか?なぜ竜化という優れた力を持った竜人族が滅びたのか」
「…そうね、〇〇は竜化を制御しているけれど自由に竜化できたら悪魔の実の能力者と変わらないほどの能力を得ていたはずよ」
「チャパパパー、道力数もいまよりもずっと上がるはずだチャパー」
「であれば滅びる必要のない、むしろこの世界では頭角を現していてもおかしくない存在だというのは分かるじゃろう。だが、…彼らは世界をどうこうしてやろうという闘争心が持たない穏やかな気質だった。そのため竜人族の力を自分たちのものにしようと考えた海賊や天竜人が、これを使って竜人族を捕らえては抵抗できぬようこれを使って奴隷のようにしておったらしい。……まぁその中で扱いが酷いことも影響して数が合っという間に減ってしまったらしいが。」
「でもよ、竜人族は抵抗もしねぇのか?力もあるんだから抵抗くらいはできるだろ。」
「さぁのう、そこまでは記載がなかったが……しかし〇〇を見ていても本能的にそれが出来んのかもしれん。催眠が開けた時、もう体が拒むこともできない…とかのう。」
「……本能なぁ。確かにアイツがいまCP9にいるのはどっかの馬鹿が洗脳してるってのもあるだろうが、アイツ自身おれたちに褒められたいからってのも言ってたな。」
「〇〇の褒めてもらいたい、構ってほしいというのは本能からきているのね」

どっかの馬鹿という発言が気に食わないものの、推理としては間違っていないので一旦は言葉を流して、カリファの言葉に頷くと、横から「……つまり先ほどのジャブラではいうことを聞かず、カクならばいう事を聞いたのは主従関係が確立されている可能性が高い、ということか。」とブルーノが名探偵よろしく今までの考察をまとめた答えを出した。

「でもよ、この竜のお香ってやつを使ってどうやって主従関係を結ぶってんだ。」
「方法は色々あるじゃろう。暴力で支配する方法もあれば、……基本的なことで言えば、要求をして、それに対して〇〇が遂行したら褒めて依存環境を作るとか、視覚的であれば首輪をつけるとか――。」
「………なんにせよ、一つ言えることは〇〇が世界政府に提出したものを横流ししている者がいるということか」
「あぁ、幸いなことに婆さんは分かっておらんかったが横流しされたものを見て竜人族が生きとることに気付く者は少なからずおるじゃろうな。」
「…全くキナ臭くなってきたな。」

「………んあ、」

は、と目を覚ますといつのまにかカクの部屋にいた。
カクの部屋はジャブラのガーデニングの域を超えた部屋と違って、シンプルにまとまっている。ただ、収集癖があるのか部屋に置かれた背の高い棚にはやたらと高そうな食器や背表紙が揃った分厚い本が並んでおり、そんな分厚い本をソファで読むカクが目に入り、そこでようやく隣で寄り添うようにして眠っていたことに気付いた。まだ意識が覚醒しきらないものの、瞼を擦りながら彼に凭れかかっていた体を起こすと、カクは私の姿を見てふっと息を漏らすようにして穏やかに笑んだ。

「………おお、起きたか」
「ん~~~……私また寝てた、んだねぇ…」
「ぐーぐー寝とったなぁ」
「なんか最近よく寝てる気がするなぁ……いつカクの部屋に来たのかも覚えてないや。」

 最近こんなことが増えたように思う。ベッドで寝たはずなのに違う場所で寝ていたり。寝た記憶がないのにベッドで寝ていたり。本当に体が疲れていると気絶するように寝るというし、そういう奴だろうかと結論のようなものは出るが、妙に腹落ちしない。

 この違和感をどうにか明らかにしたいものの、なんとなく目の前の彼が納得するような答えをくれるようには見えないので、一旦腹落ちしないものをぐっとこらえては、手のひらを口の前にやってあふ、と欠伸をして誤魔化した。
 不意に、首を動かしたときに首元を何かが滑るような感触を受ける。違和感を抱きながら私の首元を撫でると、爪先にこつんと何か固いものが触れて――何かが首に嵌められていることが分かった。一体何をつけられているのか見てみたいが、いかんせん首への装飾品というのは見えないもので、とりあえず感触頼りにぺたぺたと触るとそれは細身ではあるものの固く、多少入れても形を変えないあたり金属質な何かで作られたものだということが分かる。

「んん……?なにこれ…、見覚えのないものがついてるんですが。」

困惑気味にカクに問いかけたが、彼はどこか嬉しそうな表情で私の首を撫でながら「よく似合っとる」と言うだけで、それ以上の答えは返って来ずに、こちらが「これ触った感じ首輪に見えるような」と追及しようものならそれ以上喋るなとばかりに唇が塞がれてしまう。

「ねぇ、」

二回目

「だからこれ」

三回目

「は…っ、…ねぇこれ首……」

四回目

「…ぅ……も、……もういいです。…気にはなるけど別に嫌ってわけじゃないし。」

遂に根負けしてしまいいつの間にか真っ赤になってしまった顔をぱたぱたと手で扇げば、恐らく自分でつけただろうにカクは少しばかり不思議そうな、意外そうな表情を見せて「嫌ではないのか?」と問いかける。

「いや、うーん……喜ぶべきか嫌がるべきかは分からないんだけど、カクがくれたものでしょ。……あと不思議なことにしっくりきてるというか。」

何故か分からないけど、確かにこの首輪(?)はやけにしっくりしていた。まぁ、それにどのような形状であれ、彼が選んだものだ。恐らく私に似合うものをと購入したものだろうし、そのあたりのデザインセンスを疑っていないというのも嫌に思わない理由なのかもしれない。私の言葉を受けたカクは少しばかりぱちぱちと瞬きを何度か繰り返すと、口角を吊り上げた。

「〇〇」
「ん?」
「キス。」

唐突な単語に思わず目を見開いてしまった。彼なりの甘えかとも思ったが私の首に嵌められた首輪に指をひっかけて、クイと引き寄せる彼の瞳は何か企むようなそれで、「え?急に何」と私は言葉を返したつもりだったが、気付けば彼にキスをしていてふにと触れた感触に、また目を見開く羽目になってしまった。

「………?」

別にしようと思っていなかったのに。私は混乱していたが、ただ一人、カクだけは底の見えない笑みを見せてどこか満足そうに眼を細めると、「いい子じゃのう」と笑っては、もう一度首輪に引っかけた指で引き寄せてそのまま唇を重ねた。別に自分の意思でしたわけじゃないのでいい子というのは何か違うような気がするが、じわりと滲むような幸福感は抵抗だとか残る疑問を全て溶かし、消してしまうのだった。