雷鳴が私を責めるから

「――このことにより、拠点Aの主な導線は潰して次の狙いとしては、」

 雨雲が浮かぶ空の端が光る豪雨の日。この日、雷が苦手な〇〇は酷く青ざめていた。
いつぞや、カクにしがみついて雷に怯える私に向けて「雷なんてただのやかましい放電現象だろうが」とジャブラは言っていたが、原理が分かっていても心が納得してくれなかったらどうすればよいのだろう。ブルーノが言っていた素数を数えることも、フクロウが言っていた頭の中で歌を流すことも、カリファが言っていた好きなことを考えることも試してみたが、雷鳴が轟くたびにかき消されて心臓が飛び跳ねてしまう。ドッドッドッドと心臓が煩いくらいに跳ねて、ひんやりと冷や汗が首筋を伝って落ちてゆく。しかし、大事な会議を雷が怖いという理由だけで投げ出すわけにもいかず、机の下でスカートをぎゅっと握りしめて堪えて、ルッチの報告が終わることをただ待っていた。

その時だった、耳を聾さんばかりのひときわ大きな雷鳴が響いて、「きゃあっ…!」と堪えていた叫び声が上がったのは。

「ん?なんだ、いまのは。〇〇か?」

 ルッチの報告をつまらなさそうに聞いていたスパンダム長官が顔を上げて此方を見る。私はその声に我に返り、丸まった背を伸ばして「……あ、し、失礼しました。」と言葉を返すと、スパンダム長官は訝し気な表情を見せたのち、口角を吊り上げた。

「…、…〇〇立て」
「は、」

 長官の言うことは絶対だ。スカートから手を離し、立ち上がりながら表情を引き締めたが長官は同じように立ち上がるとかつん、かつんと小気味良い靴音を響かせながら此方へと近付いて、背後を歩く。
「お前、雷が怖いのか?」

 すぐそばで聞こえる静かな問いかけが、司令官室にやけに大きく響いて冷や汗が首筋を伝う。

「……、それ、は」
「まさか怖いだなんて言わねぇよなぁ?」
「………」
「CP9ともあろうものが、たかが雷で、なぁ?」
「……」
「あぁ、いやいや、勘違いするなよ。おれは責めてるわけじゃねぇんだ、ただ驚いてなァ。まさか、CP9ともあろうものが、なぁ?」

 嘘だ。これは責めて、馬鹿にするような言葉だ。
 長官の笑いを含ませて告げる言葉が自分の背中にじっとりとまとわりついて、酷い不愉快さが残ったが、そんな中でも背後で空気もよまずに空がフラッシュを焚くようにぴかりと光り、落雷が窓の外で激しく轟いたものだから、肩が跳ねて無意識にひゅっと息を飲んだ。

「…っ。」

 今度はしっかりと怯える様子まで見たスパンダムは手を打つようにして声を上げて笑い、「なんだ、やっぱり怖いんじゃないか!!いやいや、CP9といっても所詮は可愛い女といったところか?」と問いかける。確かに大事な会議中で声を上げてしまったのだ。晒上げられるのは致し方ない事なのかもしれないが、子どものころから続いてきた雷嫌いが長官の嫌味で治る筈もなく、重ねられる長官の嫌味に鼻がつんとする。

 堪えろ、堪えろ。こんな皮肉、嫌味だなんていつも通りじゃないか。しかしそれをも遮るのが空気のよまない雷で。次の瞬間、薄暗い部屋を一気に明るくするほどの光が焚かれたかと思うと、青い稲光が窓の外を走り地面を裂くような雷が鳴って、思わずというべきか、不意に目を見開いたままの瞳からぼろ、と涙がこぼれた。
 その様子に向かいに座ったジャブラやカリファ、ルッチまでもが薄く目を見開く。私の背後にいた長官はこの状況に気付いていなかったが、向かいに座るCP9の反応に気付くと頭上に疑問符を浮かべながら、私の腕を掴んで、ぐいと腕を引いた。

「お、あ、…ちょ、な、泣くこたぁねぇだろ…!」
「………な、……いてません」
「いや無理があんだろ!」

 涙を零す私の顔を見た長官は酷く狼狽していた。私は顔を伏せて、唇を結んで堪えてみるものの、ぼろぼろと涙は落ちるばかりで、コップからあふれ出した水は止まらない。泣き止まない様子に長官は声を荒げたが、流石にやりすぎたかと思ったのか掴んだ腕から手を離すと、両手をわたわたと慌ただしく動かしている。

「〇〇、お前は席をはずせ」

 ルッチが溜息混じりに零す。

「でも」
「会議の邪魔だ」

 ぴしゃりといわれた言葉。ルッチの言葉は冷たいが、見放したというよりもフォローをしてくれたのだろう。私は少しばかり間を置いてから「…はい」と頷くと、隣に座っていたカクが私の手を引いて、胸ポケットに入れているハンカチーフを握らせてくれた。カクの表情は良く見えなかったが、ありがたくそれを頂いて目元を抑えると、私はそのまま扉の方へと向かって足を進めて外に出た。

 〇〇が外に出て扉が締まったあと、はぁ、とわざとらしくため息を吐いたジャブラが零した。

「あーあー、長官。子供じゃあるまいし、本気で怖がってるやつを茶化さんでくださいよ」
「セクハラです」
「チャパパパー、フォローできないぞー」
「なぁ…っ?!!お、おれが悪いのか……?!!」

 賛同するような言葉が続くと、スパンダムは不服だとばかりに声をあげたが問いかけに、誰も、何も言わず、代わりにそりゃあアンタが悪いだろうという視線が向けられて、スパンダムは言葉を詰まらせるのであった。

 会議終了後、部屋を出たわしは〇〇を探していた。雷の届かない場所なんてそうはない筈なのに一体どこにいったのか。外の大雨加減を見ても先に帰ってしまったということはなさそうだし、どうしたものかと帽子越しに頭を掻いて、いまいる場所から一番近い場所にある医務室に入ってみる。中に医者の姿は無く、しんと静まりかえっているが、奥に設置された簡素なベッドに置かれた布団が異様に膨らんでいる。思わず「く、」と笑いを落としたわしは、そろりと近付いて布団を掴むと一気にそれを剥がし取った。

「見つけた。」

 〇〇は布団の中に隠れていたようだ。布団の中に潜む暗闇から顔を出した〇〇はまだ涙が止まらないのか、頬に涙を伝わせており、わしの姿を見るや否や緊張が和らいだのか、どば、と涙の量が増えてぼたぼたと落ちていく。だというのに〇〇は「なんで来るの、よぉ」なんていうのだから強がりにも程がある。

「迎えにきたからじゃろう」
「……頼んでないもん」
「まぁ、いつもの癖じゃ」

 わしの言葉に金色の瞳を瞬かせた〇〇は、のそのそとわしの胸元に擦り寄ってしがみつくように抱き着いてきた。わしはそれを拒むことなく受け止めてやると、雷のせいか〇〇の尻尾が出てしまっており、岩のように硬い鱗を纏う尻尾をわしの足にぐるぐると蛇のように巻きついてくる。全身で求められているような気がして悪くないのだが、少しばかり痛いのが難点かもしれない。
 彼女の頭の上に顎を乗せてそんなどうでもよいことを考えて泣き虫が落ち着くのを待っていると、「…………長官たち怒ってた?」とぽつり問いかけてきた。

「いやぁ、どちらかというと責められておったのう」
「う、えどうして?」
「〇〇を虐めるなと」
「…ふふ、みんな優しいなぁ………」

 そういって肩を震わせる〇〇の言葉は、どこか穏やかではあったが、やはり中々涙が止まらないようで、少し遠いところで雷鳴が響けば笑いで震えていた肩が、びくりと跳ね、ついでに足に絡みついた尻尾の締め付けが強くなった。

「……ん、大丈夫か」
「……大丈夫じゃない。」
「わはは、そうじゃろうなぁ。」
「どうしたら雷怖いの治るんだろうなぁ………昔は大丈夫だったと思うんだけど」
「いやぁ無理に治す必要なんかないじゃろう。わしや、他の奴らもおるしのう」

 懲罰室に入れられて一カ月過ごした事で極端に残った雷嫌いは今もなお彼女を蝕み続けている。まぁ、それがあることでわしへの依存が高くなるので、治そうだなんてそんな高尚なこと、絶対にしないけれど。
 そうして治る方向へのアドバイスではなく、治さずにどう状況を打破するかというアドバイスをおくると、私は本当にそれでいいのだろうかと頭を悩ませる彼女のくだらない考えを溶かすように、胸に収まる彼女を少し離してから顎を指で掬うと、そのまま唇を重ねた。