一話:輪廻の果てにきみを探して(🦒)

 今から二千年前のこと。わしは、生を全うして、苦しむこともなく死んだ。いわゆる、老衰だったように思う。格差社会とも言われる大海賊時代が続くなか、老衰で逝けた。これがどれだけ素晴らしい事かは言わずもがな。ただ、一つ心残りがあるとするならば、愛する妻を残して逝ってしまったことだろうか。

 なんせ、愛する妻は竜人族と呼ばれる長命族であった。彼女と共にした百年は、彼女が歩む人生の十分の一も無い年数で、これから先は彼女の長いひとり旅になる。途方もない、気が遠くなるような残りの人生。それを寂しがり屋の彼女は、どう過ごしたのだろう。

 終わりの間際、彼女は涙を堪えて言った。

「きっと、また会えるよね」
「……あぁ」

 そうして大切な記憶だけを胸に留め、幾多の輪廻を繰り返す。初めは虫に、魚、次は犬。キリンにクジラ、貧乏な子供、武士、時には小さな一国の主。決して楽とは言えぬ幾多の輪廻転生は終わりなく続き、丁度二千年が経った頃、もう一度わしらは出会うことが出来た。

 それも、同じ見目と、同じ名前で。

 偶然にしては出来すぎている。それこそ、まるで誰かがこれを物語として遊んでいるような都合の良さを感じるが、偶然であろうと、この世界が何らかの物語であったとしても、もう一度彼女と出会えたのだ。喜ばしい限りではないか。

 残念なことに自分とは違って彼女は記憶を持っていなかったが、それは対した問題ではない。過去の記憶が無ければこれから作れば良い。そうだ。わしは目の前に居る彼女と幸せになろうと、漠然と感じる輪廻転生の果てを前に、そう心に決めたのだ。
 今度は人間に生まれ変わった彼女と、今世でもとびきり幸せにならないと。

 この物語は、ひとつ言うならば、一人の男が一人の女ともう一度幸せになるだけの、ただそれだけの話だ。そこに大海賊時代にあった悪魔の身だとか、そういったトンデモ能力はない。

 ただ、この話はわしらにとっては、特別で、大切な思い出だったのだ。


 ばしゃっ。無機質な冷たい墓石に水をかける。上から垂れ落ちる水は陽の光を受けて煌めいているが、一年ぶりにきたせいか、少し汚れが強く見える。汚れはタワシを使って丁寧に。墓標にある文字の窪みも丁寧に洗い、もう一度水をかけると先ほどの煌めきが一層強くなったような気がして、なんだか誇らしく見える。

「……久しぶりになっちゃった」

 柄杓とタワシを貸し出し用バケツに入れて、花屋買った二つの花束を取る。その花束は、仏花ではない、普通の花束であった。自分が好きだからと選んだ花はオレンジやピンク、赤と暖色をまとめた色合いで、透明なセロファンと、白い包装紙を剥がして束の先を花立にさしてやると、物静かな雰囲気が一転し、随分と華やかになってしまった。

「おお、なんじゃ随分と賑やかじゃのう」

 この光景を見て、初めに草むしりをした時に出たゴミを捨てに行ってくれていたカクが、隣に立って笑う。それから挨拶はしたか?と訊ねるカクの眼差しは、連れて来られたにしては穏やかで、アネッタは首を振るうと、その場にゆっくりと膝を折るようにしてしゃがみ、手を合わせた。

「……久しぶり、お母さん、お父さん」

 今日で、十二回目の墓参り。
 家族のいない、十二回目の誕生日だ。

「……今年もね、一緒にカクが来てくれたの。この花束を選ぶときだって、カクが一緒に見てくれたんだよ」
「それにね、今日はこのあと養護施設でお誕生日会をしてもらえるの。まぁ、八月生まれを集めたもので私だけのお誕生日会ってわけじゃないけど」
「でもね、……でも、楽しくやれてるよ。そりゃあ来年は高校三年生になって受験だなんだで大変になるだろうけど……」
「ここに、お母さんとお父さんがいたら、色々聞いてみたかったな」

 語りたいこと、伝えたいことは沢山あるが、いくら伝えても墓石は答えない。それどころか、その沈黙は虚しさを煽る。小さい頃はそれに耐えきれずにワアワアと泣いては養護施設の職員を困らせていたけれど、そういえばいつから泣かなくなったのだろう。小さい頃は涙と鼻水で、着ていたシャツを着替えるくらい泣いていたのに。

「……」

 ああ、いや、もしかしたら、こうやって隣にカクが居てくれるから、私は寂しさを耐えることが出来るようになったのかもしれない。なんせ、彼はいつだってカレンダーの八月五日を余白にして、隣に立っていた。そう考えると、いつか、彼が他の誰かを望んで離れた時、私は泣かずにいられるのだろうか。

 ただの疑問だけではない、漠然とした寂しさ。本来ならば一年に一度の報告はもっとしっかりとするべきなのだが、どうにも今回は気が散ってしまい普段よりもずっと早くに報告を終えて立ち上がると、カクは少しばかり意外そうな顔で「もういいのか」と訊ねた。

「うん、もう大丈夫。今年はめっちゃ早口で言ったから」
「なんで早口なんじゃ……お前の両親が大変なだけじゃろ」
「脳トレ的な……」
「ばっかじゃのう……まぁ、別にお前が良いのなら構わんが、それじゃあ帰るか?」

 言いながら、カクが掃除道具を入れたバケツを手に取って持ち上げる。しかし、ここまで手伝ってくれたカクに、後片付けをさせるわけにはいかない。アネッタはカクの袖を引くと、申し訳なさそうに言った。

「カク、片づけは私がやるから大丈夫だよ」
「うん?なんじゃ、どうした」
「だって、これは私のやらなきゃいけないことでしょ?」
「……ワハハ…何を言うかと思えば。別に、二人でやった方が効率的じゃろ」

 長躯のカクが、アネッタを見下ろして笑う。「それよりも、お礼にそこの自販機でバナナジュースでも奢ってくれ」と語る声色は優しいもので、彼の笑みを見ていると不思議とお腹の下がこそばゆくなってしまった。

 あ、まただ。どうしてか、最近カクの笑った顔を見ていると、むず痒くなる時がある。彼女はお腹のこそばゆさから視線を外し、それを誤魔化すよう花束を解いたことで不要になったセロファンや包装紙を拾いながら「カクがモテる意味がわかった気がする」と誤魔化すと、カクはそれにフハッと息を吐き出すように笑い「今更すぎるのう。ワシャ、昔っからいい男じゃぞ」と声を弾ませた。