「ねぇ、カク!私と付き合おうよ」
夕暮れ時、用事を済ませて待ち合わせをしている彼の教室へと入ろうとしたその時、彼に告白するような言葉が耳に入って、私は教室前で足を止めた。こういうシチュエーションに遭遇するのは何度目だろうか。妙なデジャブ感を感じながらもそっと中を覗くと相手は、一方的に敵対されている女生徒で、彼女はカクが私と付き合っている事を知っている筈だし、私もまた彼女に付き合っていると言ったはずだがと呆れによく似た吐息が落ちる。
「無理じゃのう。」
「えぇ、なんで?」
「お前さんも知っとるじゃろう、わしが〇〇と付き合っておると。」
「そうだけどさー…あ、じゃー二人目の彼女でいいよ。」
「二人目なぞいらん、わしは一人で十分じゃ。」
「じゃあやっぱり一人目の彼女にしてもらうしかないじゃん。」
「わしは〇〇と別れる気なんてないわい。諦めるんじゃな。」
「諦められないんだけどなぁ。」
この間はサボくんが好きだなんだと言っていたのに、彼女は何故そんなにカクにこだわるのだろう。なんにせよ、あれだけ肯定もなく断っているというのにめげない屈強な心だけは羨ましいかもしれない。まぁ、とはいえ彼女は私と付き合っていることを知っているのだ。今までのようにわざわざ隠れたりする必要がないだろうと牽制も兼ねて教室へと足を踏み入れた瞬間、彼女の手がカクの胸元へと向かって、彼女が身を寄せてキスをしようとする姿が目に映る。
彼の唇に彼女の唇が触れる。
そんなこと私が許せる筈もなく、二人の間に手を差し込んだ私に、カクと女生徒は瞬きを繰り返した。
「やめて。」
恐ろしく低く、醜い嫉妬が混じった声が言葉となって彼女を突き刺した。彼女はいつものように、抵抗を見せない虐め対象の私に向けて、文句を投げようとしたようだが、私は余程怖い顔をしていたようで、ギャルは私を見るや否や「ひ、」と小さな悲鳴を上げると、言い訳も謝罪も、それから文句もなく教室から逃げるように出て行ってしまった。
途端に静まり返る教室。我に返った後に残るのはちょっとした嫌悪感と、嫉妬を露わにしてしまったという気恥ずかしさで、カクの反応も見れずに口の前にやっていた手を下ろして机に手をつくとじわじわと熱が耳に集まる感覚を覚える。
彼女持ちだと分かって近付いた女に対して容赦する必要なんてないと思う自分はいるが、それにしたって、少し、いや、かなり露骨な反応を見せてしまったかもしれない。しかも、よりにもよってカクの前で。その上、彼女は無事立ち去ったというのに醜く、憎悪とすら取れる嫉妬はいまだ腹籠りを続けており、私はそれを見られたくなくて今だ椅子に座ったままの彼に顔を背けて、「ごめん、先帰るね」と告げるとその場を離れようとしたのだが、それを拒むように彼が腕を掴む。
「なんでじゃ、一緒に帰れば良いじゃろう。」
「……見られたくないの。」
「何を?」
「……顔。いま、きっと酷い顔をしてるから」
「わはは…一体何を言うかと思ったら。」
彼は穏やかに笑って私の腕を引く。招かれるように、椅子に座る彼の膝の上に座らされた私は目を瞬かせる。でも、同時にこの場所に招かれるのは私だけなのだというちょっとした優越感じみた安堵が、インクのようにじわりと醜い感情の上に滲んでいく。
「……わしは嫉妬されて嬉しかったが。」
「変わってるなぁ……。」
見上げる彼の真っ黒な瞳が私を見つめると、そのまま戯れるように、目尻に、耳に、首筋にと触れるだけの口付けを続ける。それがあんまりにも手慣れているから「ほかの女の子にしないでね」と嫉妬の残る言葉を零すと、彼は目を瞬かせたのち「ふはっ」と息を吐き出すようにして破顔して「こんなこと、他の女にするはずないじゃろう」と笑い、そのままそれを示すように唇にキスをすれば、目を細めるようにして穏やかに笑みながら「嫌な思いをさせたくはないが、嫉妬するお前が可愛らしくて仕方がないわい」と意地の悪い言葉を紡いだ。
窓から差し込む夕焼けに包まれた教室でひっそりと二人の秘密は続く。
途中、身を寄せ合うには邪魔だと帽子を脱いだ彼を見つめた私は、「普段は外で帽子脱がないのに珍しいね」なんて言いながら、綺麗に切りそろえられた小麦色の髪の毛を撫でるように手のひらで触って、これは私だけの特権だと少しだけの優越感に目を細めた。