君が足を止めるから

 ガレーラカンパニーでの仕事を終えた帰り道、彼女がふと足を止めた。
 足を止めたのはガラス細工専門店のショーウインドウ前で、ショーウインドウには陳列されたガラス細工たちは街灯を受けてきらりと煌めいている。まさに釘付けといった言葉がぴったりな程、食い入るように見つめる彼女の視線を辿ると、その視線の先にはキーホルダーのような手のひらよりも小さなものが飾られていた。
 彼女が此処で足を止めるのは本日三度目で、今週に入ってこの現象が暫く続いている。恐らくは何か欲しいものでもあるのだろう。
 なんせ彼女は分かりやすい。嬉しいと足は弾み、怒っていれば足音が大きくなり、考え事をしていると足が止まる。だから考え事をしているのは間違いないわけで、視線の先のものを考えると”あれ”が欲しいのは間違いないと思うのだが、いや、しかし、分からない。〇〇はなぜこんなにも迷っているのだろうか。彼女はガレーラカンパニー以外にもサイファーポールからも給料が出ている筈。その額を考えれば、こんなもの迷う必要なんて無いだろうに。

「なんじゃ〇〇、これが欲しいのか。」

 考えても、ちっとも答えは出やしない。そこで、疑問をストレートに問いかけると、〇〇は聞こえなかったのか「え?」と言葉を返すので、「これが欲しいのか、いつも此処で足を止めとるじゃろう。」と補足を加えてもう一度呟くと、彼女はやけに驚いた顔で、「え、あ、うそ。」と零す。ああ、無意識だったのか。

「今日もここで何度か足を止めておるぞ。」
「あー……そうでしたか……。」
「それで?これが欲しいのか。」

 視線の先のものを指さすと、〇〇は「よく見てるなぁ」と零したのち、少しばかり思案するような顔を浮かべたかと思うと「うーん……、カクはどう思う?」と問いかけを返す。問いかけに問いかけを返すなと言いたいが、彼女の意図が分からずに首を傾げると、「えっと、ほら、色とかデザインとか」と言うので、あぁ、他人から見た意見を貰って自分の背中を押してもらおうという魂胆かと、視線をもう一度それに向ける。
 彼女が指すそのキーホルダーは楕円形の形をしており、流水模様が描かれている。デザインとしては、ただそれだけのシンプルなものなのに、流水模様に合わせてか気泡をわざと残したそれは涼やかで、――綺麗、だと思う。

「……わしは綺麗じゃと思うが。」
「…本当?」

 間違いなくそれは本音だった。しかし、〇〇は存外嬉しそうな表情を浮かべるので、気付けばわしは「ちょっと失礼。」と言って店の中に入っていたし、店内に飾られたキーホルダーを手に取っていた。遅れて入ってきた〇〇は「ちょちょちょ、カク!」と驚いたようにわしの袖を引くが、そんなの可愛らしいだけで、特に止められもしなかったのでちらりと向けた視線を手元に下ろすと、「色が複数あるが、色は」と短く問いかける。

「え、あ、えっと、な、何色でも」

 わしが買おうとしているのか理解したらしいが、それが想定外だったからなのか、わしが問いかけても彼女はおどおどと零すばかりで、試しに目に入った琥珀色を手に取って、彼女の顔横に掲げる。うん、この色は彼女の眼の色とよく似ている。

「ん~~、じゃあこれじゃな。…あぁ、すまんがこれを一つ包んでもらえるじゃろうか。」

 彼女が断る前に店内端にある椅子に腰を下ろした初老の店員に手渡すと、初老店員はこちらをちらりと見たかと思うと「一つだけかい」と不愛想に呟いた。

 「うん?」

 予想外の言葉にわしがもう一度訪ね返すと、婆さんは露骨にため息を吐き出せば視線を横にずらして、わしの背後にいる〇〇を見つめて、「これだけでいいのかい、嬢ちゃん」と問いかける。この婆さん、初見客に対してなんて強気なのだと思ったが、〇〇は婆さんの言葉を受けて少しばかりはっと我に返ったような表情を浮かべたかと思うと、同じデザインで色違いのキーホルダーを手に取ると、「…あ、え、っと、あの、これ、これお願いします!」と婆さんに差し出した。
 そうして、結局二つ購入することになったキーホルダー。〇〇に買ったつもりが、〇〇も買ってしまって、最早何のために買ったんだかよく分からなくなってしまったが、とりあえず当初の目的通り、透明な袋に個包装されたキーホルダーを差し出すと、彼女はそれを受け取った後、街灯へと向けた。
街灯の光を受ける黄金色のガラス細工は、中に水泡があるお陰か光が複雑に屈折してきらきらと煌めいて、彼女の金色の瞳がそれを評するように和らぐ。

「…結局被ってしまったのう。」
「……ふふ、でも綺麗だねぇ。ありがとう、カク。」

 どうせなら、一つだけにして特別なものにしたかったが、過ぎてしまったことは仕方が無い。まぁ、こうして彼女が幸せそうに笑んでいるのだから、それで良いかと息を落としたわしは「それじゃあ、帰るかのう」と足の方向を仮住まいのある方向へと向けると、くん、と袖を引かれて足が止まった。

「なんじゃ、どうした。買い忘れか?」
「買い忘れはないんだけど」
「けど?」
「ええと、その。」
「?」

 はっきりしない言葉に疑問符が頭上に上がる。答えを求めるよう彼女に目を合わせると彼女の視線とばちり絡むのだが、すぐにわしの視線から逃れるよう視線を落とすと、「あの、……良かったら、私が買った奴……カクが貰ってくれない?」と言いながら、水色と色違いのキーホルダーが入った袋をわしに向けて差し出した。

「あぁ、いや、ええと、この言い方だと被ったから押し付けたみたいに聞こえるよね。だから、ええと……その、あの、これ、…………、……私が欲しくて見てたっていうよりも、元々…その、カクが付けたら似合うかも……と……見てて……。」

 彼女は一人でしゃべって一人で言い訳を並べていた。でもそもそもカクって飾り気ないしこういうのつけるイメージなかったし。とか、そもそも誕生日でもなんでもないのに渡すの変かなって思ったんだけど。とか、そういったことを言っていたと思う。そこでようやく今までの行動に対して、色々と合点がいったわけだが、〇〇があんまりにも真っ赤な顔で言い訳を並べるからか、その熱が移ったようにじわじわと暖かなものがわしの中へと広がってゆく。


 この感覚が愛ではないとするならば一体何なのだと言うのだろう。

 わしは彼女が指し出したものを無言で受け取ると、その場で包装を取り除いてガラス細工から伸びる紐を腰に下げた鋸をしまうための腰袋へと括りつける。わしの動きに合わせて揺れるそれは街灯の光を受けて水色にきらきらと光って美しく、「…………ん、よし。ほら、どうじゃ、似合うか。」と彼女に見やすいよう体を向けると、〇〇は目を瞬かせたあと少しばかり安堵したような、嬉しそうに笑んだ。
 彼女の気持ちは一体どこを向いているのだろう。まぁ、鈍感すぎる女だ。きっとこうしている今も愛だの恋だのそういった類の感情はないのかもしれないが、それでも頬を染めて「勇気を出して良かった。」と零す彼女を見て、少しぐらい己惚れる気持ちを抱いたって許されるはずだ。