「っはぁ…!」
跳ね返るように飛び起きて、詰まった息があふれ出す。
海も眠り、さざめきが遠くなる深夜帯。飛び起きたことによる衝撃で、激痛が走る胸を抑えて呻く。まるで刺されたような、表面だけではない痛み。その痛みをトリガーに、そういえばライラックから撃たれたことを思い出したが、どうやら死なずに生き延びたらしい。あのあと、ライラックはどうなったんだろう。正体を明かす前は、兄気質でいい人だったのに。
そんなことを思いながらも、ようやく落ち着いた痛みに安堵を零すと、突然近くで物が落ちたような音が響いて袖を引く。それも、ごとん、なんて可愛いもんじゃない。どんがらがっしゃんって色々なものを落としたような音だ。驚き、其方を見ると、知った面々が同じように驚いた顔を向けていた。思わずアネッタも「ええと」と声を落とすと、知った面々――白ひげ海賊団で最も威厳のある幹部たちが鼻水を垂らすほど涙を流して喜び、ベッドへと駆け寄った。
「オイ!アネッタが目覚めたぞ!…ったく、テメェはいつも心配かけやがって…!」
「っ…良か、ったな…」
「あぁ…っ!良かったなぁ!」
「っお嬢、おれたちが分かるか…っあぁ、本当に良かった…っ」
口々に零れる、喜びと安堵溢れる言葉。大の大人たちが、鼻水を垂らして泣いている。向けられた大きな手は頭を撫でて、なんだか胸が痛いのにそれ以上にお腹がこそばゆくて、変な感じだと思ったが、気持ちを引き締めるように涙を溜めたエースが頬を摘まんだ。
「……無茶しやがって」
素っ気ない言葉の割に、あたたかな言葉。アネッタはエースたちを見上げて「ごめんね」と零すと、その場にいた全員が鼻を赤くして「それはアイツに言ってやれ」といい、丁度よく開いた扉の方に視線を向けた。
「……、……っはぁ、アネ…ッアネッタが、目覚めたって!」
そこには、息を切らすサッチがいた。髪が乱れ、衣類が乱れている様子を見るに別室で何か別のことをやっていたのだろうか。アネッタが彼の名を呼び、声を掛けると、サッチは瞳を大きく揺らしたあと寝台へと駆け寄って、思い切り体を抱きしめた。
「…っごめんなぁ……!守ってやれなくて、ごめんなぁ……!」
抱きしめた体は暖かく、胸にあてた耳にはどくどくと早すぎる鼓動が届く。後悔と懺悔。まるでバケツいっぱいに溜めた水をひっくり返したように大粒の涙が降り注ぐ。「お前が死ななくてよかった」「…ッよか、……っよかったなぁ……」「本当に死んじまったと、おれは」「お前が死んじまったらどうすりゃいいんだよ」そう繰り返す言葉は懺悔に近いものばかりだ。
アネッタは、わき目もふらずに号泣する大人たちを見て思う。大人も、子供みたいに泣くんだ。元の世界ではついぞ大人たちが涙するところを見たことなかったが、なんだかその涙する理由が自分に向けられた感情の答え合わせのように思えて、胸が暖かい。
でもそれと同時に、限りなく死に近付いたというのに、元の世界の欠片も夢見ることが出来なかったことに気付き、たまらなく虚しく、悲しさがあとになって襲いくる。ああ、なんて、なんて酷い人なのだろう。彼らは私が死ななくてよかったと涙しているのに、自分は元の世界に戻れなかったと涙する。申し訳なさと、腹を括らなければならないという絶望感。それらは複雑に混ざってしまい、アネッタはわあわあと声を大にして泣いたけれど、サッチは涙の意図に気付いた後も、涙が枯れるまで抱きしめ続けていた。
落ち着いたか?
涙が枯れてしばらく、優しい声色が尋ねて、赤くなった目元を親指の腹がなぞる。アネッタは鼻を啜りながら頷くと、サッチは特に何を言うでもなく頷くと、腰に腕を回してぎゅうと抱きしめる。
耳に届く、幾ばくか落ち着いた心音。アネッタはそれを耳にしながら、暫く彼の厚意に甘えて沈黙を続けたが、気付けばその沈黙にイビキが混じり始めた。彼女のことを見守り続けた幹部たちが、眠り出してしまったのだ。そのせいで部屋の中はイビキの大合唱。まるでカエルの合唱のようだと思ったが、いまこうしてカエルの大合唱になっているのは、彼らがこの部屋で目覚めるまで待ち続けてくれたからだ。
それに、サッチもきっと同じように眠らずに見ていてくれたはずだ。それを彼は語ることはなかったが、目の下にあるクマが彼の代わりに教えてくれている。
「……サッチ」
「…ん?」
「私ね、もう戻れなくなっちゃったかも」
「……そうか」
「……、……あの時、別に死にたいからどうにでもなれって飛び出したわけじゃないの」
「分かってるよ」
「……でも、死にかけたときに期待しちゃった」
「そうだな」
「……でも、戻れなかった、なぁ」
声が震えて、目が霞む。さっきまでさんざん泣いたのに、涙って枯れないのかな。アネッタは唇を噛みしめると、サッチはただ優しく背中を叩く。まるで子供をあやすようなそれだ。けれどもその手があんまりにも優しいから、また泣けてきて、アネッタは涙を拭い鼻を啜ると「あーあ、やになっちゃった。なんかサッチの美味しいごはんたべたいな」と笑い混じりに零した。
「……はは、そりゃあ光栄だな。じゃあ、何か作ろうか」
「本当?」
「あぁ」
といっても目覚めたばかりだから、軽いものなとサッチ。アネッタはその言葉に頭を悩ませたあと、いい考えを思いついたって顔でフレンチトーストを提案してみたが、彼の顔が露骨に難色を示していた。
「じゃあねぇ、フレンチトーストがいいな」
「さー…すがに、三日ぶりに目覚めて食べるには重いんじゃねぇか」
「えぇ……そんなに寝てたの……えっとぉ…じゃあ、えーと」
「まぁ、まずはリンゴのすりおろしだな」
「え」
「おれっちの愛情たっぷり入れてやるから」
「でもリンゴのすりおろしであることは変わらなくない……?」
「ははは」
はははじゃなくて!アネッタは少し被せるように言ったけれど、過保護なコックは甘やかさない。彼は選択肢を譲ることなく笑う事で誤魔化すと、そっと額にキスを落として「いい子だから待ってな」と言ったが、誤魔化しに誤魔化しを重ねているようにしか思えない。
アネッタはそんな彼の胸元にぐりぐりと頭を押し付けると「元気になったらフレンチトースト作ってね」となんとも末っ子らしい幼稚な我儘を言って困らせたつもりだったが、彼はそれが嬉しくて仕方ないという顔で笑みを零した。