遺灰に憧れて(🦒)


 焼け焦げる匂いが鼻を擽る星明かりの頃に、鐘の音が鳴り響く。音を合図に街の中央広場に集まる人々は、小さな椀を手に列をなしており、それを宿屋の二階から眺めるアネッタ窓辺に突っ伏していたが、いまいち何をしているのかが見えづらい。いっそのこと、村人に扮して近づいてみようか。そうすればあの行動が何を意味しているのか分かるかもしれない。そのようなことを窓辺に突っ伏して考えていると、隣にやってきたカクがぽたぽたと雫を落としながら尋ねた。

「まだ見とるんか」

 お前も飽きんやつじゃのう、そんなことよりもさっさと風呂に入らんか。そう続ける彼は意識を反らすためかカーテンに手を向けるが、今はまだアレを見ていたい。よってアネッタは窓辺に突っ伏したままで体制を変えずにいると、カクは深く息を吐き出して、風呂上りの手で頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。

「……何がそう気になっとるんじゃ」

 言いながら、隣へと腰を下ろす。腰を下ろした先は今日眠ることになるセミダブルのベッドだが、随分と質の良さそうなベッドだ。腰を下ろすとマットレスが沈み、僅かに体が傾く。

「あの人たちおかしいの、憎んで火炙りにした筈なのに、灰を持ち帰ってる」
「ほう」
「ああやって並んでさ、なんだか有難がっているみたい」

 月明りに照らされる瞳の先には、列をなす住民たちの姿がある。先のとおり住民たちは小さな椀を手にしており、列の先では配給よろしく四角い箱にある粉がサラサラと分配されている。あれはおそらく、彼女の説明通り、火炙りにした伯爵の遺灰だろう。確か、この地方では遺灰を畑に撒いて来年の作物が豊かになるよう豊作祈願に使う風習があった筈だが、はたしてこれを聞いて彼女が理解できるか。カクはあれがこの村の風習であることを伝えると、彼女は意外にも首を傾げるわけでも、異を唱えるわけでもなく、フウンと鼻を鳴らして一言呟いた。

「私が死んじゃったら、みんなも同じことをしてくれるのかな」

 それは、驚くほど静かな声であった。

「……なんじゃ、縁起の悪い」
「だって、火炙りにするほど嫌いなのに、ああやってみんなが集まって喜んでくれるんでしょ?……灰になって撒かれて、そして大地に還り、また小さな植物になるなんて、結構素敵だと思うけど」

 あ、こういうのを輪廻転生って言うのかな。彼女の語る声色は呑気だが、彼女が死なぬよう手を回し続けたカクからすれば、こんなに虚しいことはない。彼は、此方を見ていないことを良いことに唇を噛みしめ、拳を強く握り締めると、目の前の視界を遮るようにカーテンを引いて呟いた。

「……馬鹿じゃのう、死んだらそこでおしまいじゃ。次なんてものはないわい」
「そうなのかなぁ……」
「それに、お前は人間じゃのうて岩竜じゃろ。お前が死んで残るのは灰じゃなく岩じゃろうな」
「はぁ、カクってロマンないよねー…」

 あーあ、やだやだ。これだからリアリストは。アネッタは興味が失せたように零し、コロンと寝転がる。それは多少気に障る物言いではあるが、興味が失せたのならば幸いか。カクはカーテンを完全に閉めて、遠くで聞こえる鐘の音を耳に頭を拭く。それからなんとなしに彼女の頬を手の甲で撫でると、彼女は愛玩動物のように頬を摺り寄せて甘え、そして金色の瞳を向けて呟いた。

「ねぇ、カク。その時は、一番綺麗な石を持っていってくれる?」
「……馬鹿なことを」

 頬に向けた手は彼女の手を縫い付けて、愛おしそうに瞬く彼女を影で飲む。お互いに流れた沈黙はほんの一瞬のことで、彼女は愛を囁いてもう一度を強請り、覆う影を愛おしそうに見つめた。