お母さんとお父さんが事故で死んだのは、十二年も前になる。それなのに、私はまだ新鮮に悲しくなる時がある。
「あー……、……はは、……」
頼まれごとをした先で、私は困っていた。
駅にある路線図を見ても、帰り道が分からない。頭がおかしくなったのか、文字を見てもそれが文字とは認識出来ずに、目の前を情報が通りすぎてゆく。一体なにが気に食わないのだろう。一つも情報を読み取れずに時が過ぎ、ひとり立ち尽くす私の前を、多くの人が通り過ぎていく。
十二年前のことを忘れかけていたくせに。ここが実家に近い場所だと分かるや否やこれだ。ベンチに座ると、驚くほど体が重たくなってしまった。
「なんか……疲れちゃった……」
こういう時は、どうすればいいんだっけ。そもそも、どうやって連絡をしていたんだっけ。不思議なことに、携帯を見ても、どうすればいいのか思い出せない。頭にあるのは十二年前の記憶ばかりで、遠くで父と母に手を引かれた私が嬉しそうに飛び跳ねていた。
「……ッタ……アネッタ、……起きんかアネッタ」
気付いたら、遠くで手を引かれていた私はいなくなっていた。
少しだけ日が傾いて、風が冷え始めた頃合い。ベンチに座る私と目を合わせるためか、しゃがんだカクは、私の頬に手をあてていた。ジンワリとした温もりに、何故か詰まった息が大きく抜けて、ぼやけた視界が段々と鮮明になっていく。
「カク……?」
「……不用心じゃぞ、外で寝るなんて」
「……寝てるつもりはなかったんだけど」
「なら、なおの事悪いじゃろ。何か飲まされたとか、そういうトラブルには合ってないな?」
幼馴染の彼は、手慣れていた。こうやって私が迷子になってしまうことも、迎えに来ることも。ただ、「心配した」と目を合わせて呟く声は普段よりも静かで。その時になってどうして彼に連絡も出来なかったのだろうと、冷え切った指先が震えて、自分が嫌になった。
「……帰り道が分からなくなっちゃったの」
「わしへの連絡は?」
「……も、わから、なくて。そうしたら、凄く疲れて、……遠くを見たら私がいて」
「私?」
「お父さんと、お母さんが私の手を引いて歩いてるの。……ここは、動物園に行くときに使う道だったから」
隣に座った彼に凭れて話した内容は、取り留めのない、意味の分からないことだった。お父さんとお母さんは死んで、今の私が居る限り、小さな私なんていないのに。未だ元の状態には戻らない頭に、強い疲労が落ちてくる。普段は煩いカクも何故だかこんな時ばかりか静かで、街ゆく人々は、私たちに視線も向けずにそれぞれの人生を歩いている。
「……カク」
「うん?」
「見つけてくれてありがとう」
「わはは、昔からかくれんぼは得意じゃったからな」
「あー、確かにカクから隠れきったことはないかも……というか毎回私を一番に見つけてない?!」
過去から現代に。グイと意識が引かれたような感覚に頭がより鮮明になって、思わず声が出る。それにカクは肩を揺らして笑うと、「お前が一番見つけやすいんじゃ」と続けて私の方へと体重を傾けた。
「のう、アネッタ。あのたい焼き屋は昔からあったんか?」
彼が指した先には、個人経営のたい焼き屋さんがあった。看板にある木彫りのたい焼きが少し……いいや、だいぶ薄汚れている。
「あったよー、あそこのたい焼きすっごい美味しいの。いっつもカスタード食べてた」
「そこは餡子じゃないんか……」
「だって餡子よりカスタードの方が好きだったんだもん。でも今日は餡子を食べてみようかな。カクは?」
「……うーん、カスタードかのう」
「ええー」
そうして、私たちは二人でたい焼きを買った。
正直、当時食べたたい焼きの味なんて覚えてない。でも餡子も、一口もらったカスタードも美味しくて、私はようやく帰る方法を思い出したのだった。