夜顔が見上げた空に、花火が上がる。距離が近いせいか、腹に響くほどの大きな音に擽られて胸が弾むも、今はそれどころではない。そっと窓を閉めるとあれほど大きかった音はくぐもったように小さくなって、眩い光も遮るようにカーテンを引くと、部屋のなかは驚くほど暗くなる。それこそ寝静まったような暗闇だ。花火に対して多少の名残惜しさはあれど、アネッタはカーテンから手を離すと踵を返してベッドへと近寄って端の方に腰を下ろした。
「……わしのことは置いて、花火を見に行ってもいいんじゃぞ」
「放っておかれたら寂しいくせに」
「ぬかせ」
触れた彼の額は随分と熱かった。体温計で測った体温は三十八度八分。普段は多少の体調不良でも顔色を変えない彼も、いまはぐったりと体を倒している。それも、まだ体温は安定していないのか、彼はぶる、と体を震わせながら長い足を折り曲げて毛布に包まっており、それどころか、毛布に包まってもなお寒いと呟いていた。
「うーん……しかし任務先で体調不良になるなんて、珍しいこともあるものだねぇ」
「……まさか流行り病になるとは思いもせんかったのう……」
「まぁまぁ。最近風邪が流行ってるらしいし、仕方ないよ」
「……、……お前は大丈夫なのか」
毛布から鳥肌の立った腕が伸びる。寒い寒いと言っている割に、伸びた腕は心配を見せて頬を撫でるが、その手は熱とだけあって風呂上りのように熱い。
「ふふ、私は大丈夫だよ。」
アネッタは穏やかにと笑うと、そのまま一度だけ彼の手の平に頬を摺り寄せたのち、顎を横に向けながら彼の手の平に唇を押し付けると「いま心配してるのは私なんだけどな」と少しばかりの心配を滲ませながら見つめた。
「……わしゃ心配性なんじゃ」
「ふふ、そんな鼻水を垂らしながら言われましても」
「…った!垂らしとらん!」
「あぁ、はいはい、そうね、そういうことにしときます」
「ぐぬ………!」
カクがムッと唇をへの字に噤む。なんだか言い負かされた子供のようで、妙に可愛く思えて仕方ないが、これもまた惚れた弱みって奴なのだろうか。まぁいくら可愛くてもいまは寝かせるという選択肢しかないが、彼はすっかりといじけてしまって此方に背を向けてはミノムシのように毛布に顔を隠してしまった。
まぁ、眠ることが出来るのであれば、それでも構わないが、眠るのであれば氷枕くらいはあった方が良いはずだ。ひとまずミノムシの毛布をぽんぽんと叩いて「ちょっと氷枕作ってくるね」と言うと、突然よそを向いていたはずの彼が、毛布を開くようにして此方を向いて、大きな手のひらでアネッタの手首を捕らえた。
「……いらん」
その言葉は、存外機嫌が悪かったように思う。
「え?でも熱あるから氷枕あった方がよくない?」
「……必要ないと言うとるじゃろう」
「そう?じゃあ此処にいようか」
「……ん」
「……ふふ、さっきは花火を見に行ってもいいっていってたのに」
「花火はもう終わっとるじゃろ」
「あぁ、たしかに」
そういえば、いつの間にかどーん、どーんと響いていた花火の音が無くなっていることに気付いた。ただ、立ちあがってカーテンを開いて確認をしようにも彼の手はアネッタの手首を捕らえたままで、じっとりと汗ばんだ手のひらには力が籠っていた。
「……じゃから、わしの傍におってくれ」
彼は普段甘えてこない代わりに、体が弱ったときにだけ甘えてくる。それは昔から変わらないことで理解もしているが、いつだって甘える彼は可愛くて、愛おしくて。手のひらを差し出して熱により赤く色づいた頬を撫でると、彼は心地よさそうに瞳を細めて頬を摺り寄せる。
いまの彼は、いいや、この甘えたなカクはきっと彼女だけしかしらないだろう。なんだか、熱で苦しむ彼を見て喜ぶだなんておかしな話だが、アネッタはその僅かな幸せを瞳に湛えて笑みを溢すと、「早く熱が治るといいね」と言いながら、彼の頭を優しく撫でた。