カクは時々熱を出す。それは決まって私の風邪が回復したあとの事で、恐らくは私の風邪が移っているのだと思う。けれど、いつだって彼は私のせいにするわけでもなく、ただ一人で苦しんでいた。
「カク……大丈夫?」
夕食を一番に終えて、彼の部屋を訪ねる。ベッドに眠る彼はいまだ熱が高いのか真っ赤で、彼は目の上にある濡れタオルを額の上にずりあげながら呟く。
「ん……なんじゃ、熱が移るから来るなと言っておるじゃろう」
「でも、心配で」
「……体の弱いお前に移しとうないんじゃ、わしの気持ちも少しは汲んでくれんか」
「……」
カクの言葉は、いつだって思いやりが詰まっている。だからベッドの端に腰を下ろした時にさっさと出ていけと腰を叩く手は優しく、それでいて熱い。彼の状況を考えるのならば、余計な体力を使わせずに退室すべきだとは理解しているが、彼がいつだって思いやりを向けるように、彼女もまた彼が心配で仕方が無い。アネッタは熱により血色の良い彼の頬に触れると「心配なんだよ」と、静かに、けれどもしっかりと伝えた。
「……心配してくれるのは嬉しいが、ようやく風邪が治ったところじゃろ」
「そう、だけど」
何て悔しいことか。彼に、此処に居座るだけの理由をうまく伝えられない。だって心配なんだ。心配としか言えないじゃないか。けれども彼はその心配の矛先をアネッタに向ける。お前がわしを心配してくれるように、わしもまたお前も心配なんだと、そんな優しい事を付け加えて。
そう言われては、それ以上の事を言い返せやしない。でもどうしてもこの場を離れたくはない。アネッタが視線を下に落とすと、普段よりも緩慢な動きで向けられた手のひらが、彼女の手を包み込んだ。
「……お前からの心配は心地いいのう」
独り、ごちる。アネッタは不思議に思いその発言を拾い上げると、「心地いい?」と尋ね返した。
「嬉しいってことじゃ」
「……嬉しい…」
「そう、……だからこうやって体が弱っておるときはお前に甘えたくなってしまうが、かといって移したくはない。……お前は昔から体が弱いからのう」
穏やかに、笑い混じりに語られる言葉。これではまるで愛の言葉ではないか。これには日ごろ鈍感だなんだと評されるアネッタも露骨に狼狽えるが、熱に浮かされたカクは普段よりも、なんというか幼く見える。彼は真っ赤な顔のまま悪戯に声を出して笑い、包み込んだ手に指を絡めると、あろうことかその手をぐいと引き寄せた。
「わ、あ!」
それにより、体制を崩した体は彼の隣に。移したくないという発言はなんだったのかと思ったが、彼の腕はそのまま腰に回り、抱きしめる。
「カ、カク…風邪、移っちゃうよ…」
アネッタが小さく零す。
しかし、カクはそのまま惜しむように抱きしめる手に力を籠めると「もう少しだけ」と耳元で囁いた。
「のう、アネッタ」
「…ん?」
「……、……この間の手紙の件じゃが、あれは断ろうと思う」
「……断るの?」
「断ってほしくないか?」
「……、……わかんない」
「わはは…そうか、分からんか」
「でもね、…今まで通りにカクと一緒にいれないのは、寂しい」
「……そうか」
穏やかに紡がれる言葉が、アネッタの言葉を受け止める。はたして人の恋路に足を突っ込んで、意見を言ってもよいものか。それに、これを言ったところで、彼となりたい関係性が他にあるのかもわからない。けれども、彼が隣にいない事が寂しいということだけは確かであったように思う。
アネッタは言い終えたあと、彼の熱が移ったように気恥ずかしさが熱を上げて狼狽える。とてもじゃないが彼の顔を見上げることが出来ず、無理に身を起こすと、カクは「なんじゃ、もう行ってしまうのか」なんて普段よりも甘えたように零して、布団についた手に頬を寄せるがアネッタからすれば気恥ずかしくて仕方が無い。
「っそ、そんな甘えたってだめだからね!病人は寝なきゃダメなの!」
先ほど出ていきたくないと言っていた彼女はどこへいったのか。アネッタは伸びる腕から逃げるようにして部屋を飛び出すと、部屋を出た先でたまたま通りかかったジャブラから顔の赤みを指摘され「なんでもないもん!」と声を上げて部屋へと逃げ帰った。