「んっふっふっふ。」
「呑気じゃのう。」
「だってウタちゃんの生ライブだよ?!いやぁ…ブルーノが潜入するっていったときに私もって声を上げてよかったなぁ…。」
そういって観客席でうっとりとした様子で両手を頬の前で組む〇〇は、何やら浮かれているというレベルでのご機嫌で、ウタと同じ色合いの赤と白のリボンで結んだポニーテールを揺らせば、胸元につけた現地限定発売の缶バッチを見せながらへらへらと頬を緩ませる。それを冷ややかな眼差しで見つめるカクは配られたウタの団扇をぱたぱたと仰いでため息を零した。
「声をあげたというか駄々っ子じゃったぞ、もはや。」
「うるさいなぁ。そんなこといいながらもカクも来てるじゃない。」
このこの素直じゃないんだから。って語尾にハートマークをつけながら肘で突くと、カクはそりゃあもう面倒くさそうな顔をしていた。
*
「もしかして、あんたが天竜人っていうやつ?!知ってるよ、本にのってた。世界の支配者とかいって誰でも奴隷にしたがる、世界一の嫌われ者でしょ?」
誰もが恐れ、崇める神のような存在――天竜人のチャルロス聖に向けてウタは無遠慮に、笑みまで携えて問いかけると、観客たちが顔色を失い息を飲んだ。天竜人に逆っていけない事なんて子供でも知っている。しかしウタが呼んでいた本には天竜人に逆らってはいけないという懇切丁寧な記述なんてなかったのだろう。ウタは地雷地帯に踏み込んだというのに、にこりと笑っているばかりで一方のチャルロス聖は「あああ~?」眉間に皺を寄せながら、目元をひくりとひくつかせた。
「………天竜人がウタちゃんのライブにきているなんてね。」
〇〇は酷く不愉快そうに天竜人を見つめて、膝の上に乗せた手のひらをきつく握りしめた。
「知名度からしたらあり得ない話じゃないじゃろう。恐らく、天竜人以外にも彼女を狙う奴は紛れておると思うが」
「…ま、それに彼女は赤髪の娘だって魅力的な言葉も追加されたしねぇ。」
「それに、あの麦わらとの友人関係があるのなら少し厄介じゃな。ロロノアの姿もあったしのう。」
「んふ、まーた戦いたくなった?」
「さあて、どうじゃろうな」
二人は比較的冷静に観客席でステージを見て談笑を続けていたが、天竜人による発砲が行われるとそれを続けるわけにもいかずに視線をステージに向けた。
「ねぇ、カク。……ウタちゃんって不思議ね。どうしてあの子は、ああやって狙われてもなお類まれなる才能を隠さずに自分を表現できるんだろう。」
あの子のステージは竜人族であることを隠し続けてきた〇〇にとって、なんとも耳が痛いものだった。そういえば先ほど歌っていた歌の歌詞にわたしは最強とあったっけ。こういった感情を持つことが出来たのであれば、私も彼女と同じような生き方が出来たのだろうか。天竜人にも立ち向かうことが出来たのだろうか。ちらりと隣に座るカクを見ると、カクは少しばかり複雑そうな表情を浮かべて「彼女は世界を知らんのだろう」と素っ気なく呟いた。
それから、護衛も海軍もウタの能力によっていなくなったことにより、チャルロス聖は一人になった。元々彼に戦闘能力なんて携わっちゃいないこともあり、ウタの放った音符から逃げる事も出来ずにチャルロス聖は体を何度も打たれ、最後には遥か上空まで打ち上げられて、警護の男や海軍兵の張り付いた五線譜にくっついてしまった。
「みんな!もう天竜人なんて怖がることはないよ!!ここだったらいじめも、病気もない、海賊たちから奪われることだってないんだから!自由に生きていけるの!」
そういってウタは視線を観客に向けると、ウタは両手を開いて弾けるような笑みと共に声をあげた。たしかに零す言葉は希望そのものだった。天竜人も海兵も、警護の男も、それから海賊たちも彼女には太刀打ちできなかった。それは紛れもない事実なのだが観客たちはいまだに信じられないのか浮かない顔をして、しんと静まりかえっている。ただひとり、天竜人に怯えて生きてきた〇〇を除いては。
「………自由に、生きていけるの?」
ぽつりと呟いた言葉。しんと静まり返ったなかで零した言葉だったからなのか、その声はやけに大きく響き、ウタが音を拾ってこちらに気付くとにこりと笑い、可愛らしい音符に乗って距離を詰めるように近寄ってきた。咄嗟に隣に立つカクが〇〇の手を掴んだが、〇〇の目はカクに向けられずにウタを真っ直ぐに見て、ウタもそんな〇〇に愛おしそうに笑むと指を一度だけパチンと鳴らした。突如音符に包まれて浮く〇〇の体。カクは行かせてたまるかと握った手に力を込めたが小さな音符の粒に弾かれて、半ば無理やり手が離れてしまった。
「そうだよ!ここでは奴隷なんて概念はないの、海賊も、海軍も、他のみんなもみーんな一緒。争いもなく、楽しく生きていけるの!!あなたもここではみんなと一緒なの!」
どれだけ声を弾ませて、耳障りの良い言葉が並べられても、ウタワールドに入っていることを知らない観客たちはいまいち腹落ちできぬ様子だったが、二十五年間生きてきて竜人族であることを世にいう事も出きず、ろくに竜の姿にもなれずに隠れて生きてきた〇〇にとって、その言葉は紛れもない救いで、理想で、希望だった。
「……みんなと、一緒……?」
「いかん…ッ、〇〇、やめるんじゃ!!!」
〇〇がまるで自分に言い聞かせるように言葉を落とす。カクは酷く嫌な予感を覚えてなりふり構わず声を荒げたが、ウタはそれを「煩いなぁ」と一言鬱陶しそうな表情で言いながら指をぱちんと弾けば、どこからともなく現れた小さな音をのせた泡の集合体がこちらの音をかき消していく。
「く…ッ、〇〇!…ッ〇〇!!!」
どんなに声を上げようが、音は彼女に届かない。それどころか、ウタはこちらを見て目を細めるようにして笑うと、まるで何かを堪えているような〇〇を見ては優しく体を抱きしめて「そう、ここでは幸せにいれるんだよ。ずっと、ずーっと」と囁いた。
――頭にガンガンと音が響く。分かってる、そんな甘い世の中ではないことも。でも仕方が無いじゃない、私はずっと憧れてきたんだ。何も考えずに竜人族であることを告げられる世の中を。私が私でいることのできる世の中を。うしろめたさもなく、彼と共に生きることのできる世の中を。
「もしかして悩んでる?大丈夫だよ、ウタがずーっとみんなが幸せでいれるよう、歌ってるから悩む必要なんてないんだよ!」
自制心が首皮一枚繋がっていたというのに耳元で囁かれるウタの甘い、悪魔のようなそれが自制心をべりべりと剥がしていき、〇〇の瞳が動揺するように揺れたかと思うと、丸い瞳孔がすっと線を引くように縦長に伸びる。
心臓が異様にばくばくと跳ねて、それからずるりと固い外皮を纏った尻尾が伸び、服から伸びる手足を固い石のような鱗が覆うと会場の観客たちがどよめきを上げるが、メタモルフォーゼするように形を変えてゆく光景は続き、次に瞬いた時にはウタに抱きしめられていた女の姿はなく、ウタの体よりも何倍も大きな一匹の龍がウタを守るように立っていた。
「わあ、すっごぉい!!そっか、あなたはこれを隠して生きてきたんだね!」
ウタはまるで宝物を見つけたように無邪気な声で言葉を弾ませては目を輝かせた。竜はその言葉に心地よさそうに目を細めたが、誰かが言った「化け物だ…」という声が、やけに大きく響いた。
*
「皆さんは騙されているんです。ここから今すぐに脱出するべきなんです――!」
スポットライトで照らされた英雄が観客たちに向けて声を張り上げる。ここが現実世界ではなくウタワールドであること、このままこの世界に居座った場合、閉じ込められてしまう可能性が大きいこと。それらを告げられた観客たちは「え、どういうこと?」「閉じ込められてしまう?」「ここは現実じゃないの?」と困惑の声を上げていたが、一人の少女が挙げた問いかけにウタは首を振った。
「ねぇ、ウタ。本当にわたしたちをだましてとじこめたの?」
「っ騙してない!私はみんなをだましてなんかないよっ!私はただ、みんなが幸せになれるように導いてるだけ!!」
その言葉に、少女と観客、それから〇〇までもが眉をひそめた。
「………導いて?……そうね、この世界が現実だったら、凄く良かったと思う。でも、此処は私が生きたかった、私がありのまま生きたかった現実世界じゃないのよね」
竜は目を伏せながら静かに、嘆くように零すと、ウタは動揺に瞳を揺らす。
――やめなよ、ウタはみんなのためにやってくれてるのよ!
――いや、おれ頼んでねーし!
――あたしもうかえりたい!
――ウタに賛成!!
賛同するように観客たちが感情任せに三者三葉の意見を上げて、それを一手に受けるウタは暫く呆然としていたようだったが、何か名案が思い付いたとばかりに顔を上げると両手を広げて無邪気な笑みを浮かべた。
「そっか、…そうだね、ごめん!!わたしわかったよ、もっと楽しいことがあればいいんだよね!」
不自然なほどに明るく声を弾ませてウタが言うと、その瞬間、体が眩いほどの光を放って会場中を包み込む。それから光を受けた人々の体は連鎖するように光り出したため、竜と化した〇〇は光から逃れるよう大きく翼を動かして飛び上がると細かな光の筋を縫うようにして避けながら観客席に取り残されたカクの方まで近寄ってアイコンタクトを贈った。
背後ではポン、とワインのコルクが抜けるような軽い音が続き、観客がキャンディにぬいぐるみにケーキ、それからコスメにソフトクリームなど可愛らしいものに変えられてゆく。その異様な光景に観客たちは悲鳴を上げたが逃げ惑うことも敵わず次々に姿を可愛らしいものに変わり、こちらに光の筋が迫ってくればカクが背中に乗って「〇〇、背後から光が来ておる!斜め南方75度じゃ!」と声をあげる。それにこたえるよう竜は翼をまた大きく上下に動かして指示通りに光の筋を避けながら、光の筋が届かない遥か上空に急上昇してから会場を見下ろした。
「ごめん、カク」
〇〇がぽつりと呟いた。
「あぁ、一つ貸しじゃぞ――、あちらに戻ったら言い訳を考えんとなァ」
「あはは、懲罰室行きは嫌だなぁ」
笑い混じりに零す〇〇の言葉にカクはどこか安堵を覚えながらもふっと息を落とせば、まずは仲間を探しに南西の方角にある建物へと向かった。
*
どうやら現実世界に戻ってきたらしい。長い眠りについていたような、おぼろげな記憶と共に身を起こすと辺りには海賊と海兵たちが鼾をかいて眠っており、〇〇もわしの太ももの上に頭を置いて寝息を立てている。この中でもひときわ目立つ体躯の体が起き上がると、少しばかり重たい瞼を瞬かせながらこちらへと視線を送った。
「!ブルーノ、起きたか」
「……ああ、どうやら戻ったようだな」
「あぁ、そのようじゃ。…まぁまだ〇〇は眠っておるが。」
「……この後は色々と面倒になりそうだな。」
「…面倒になりそうじゃのう…全く、わしまで怒られるというのに気持ちよさそうに寝とるわい。…、……だからいつも言っておるじゃろうに、類まれなる才能は必ず狙われる。希望を持ってはいかんのじゃと。」
体力を限界まで消耗して深い眠りについた彼女を見て、民衆の前で完全に竜化した挙句に海賊と手を組んで大暴れしてしまった件をどう対処しようかと頭を悩ませながら、むにゃむにゃもうお腹いっぱいだよぉなんて呑気に寝言を零す彼女の頬を軽くつねった。