【五話】末っ子のためならば!(🔥🥖)

 十日ほど前から、ご褒美のデザートを何にするか悩んでいる。

「ううん……一体何にしよう……」

 事の始まりは数日前。ビタミンC不足による壊血病予防として出されていたライムを、勘違いから摂取せずにいた事から始まる。幸い大した健康被害は無く、船医・マルコによりビタミンC摂取の重要性は教わったが、保管することで熟成されるよう早摘みされたライムはちょっとした岩のように堅い。よって他の男たちと比べて手絞りが出来ないアネッタは、食事のたびにライムジュースを作ってもらう事になったのだが、まさかライム摂取カードが授けられるとは思わなかった。

 なんというか、まるで夏休みのラジオ体操カードだ。しかし、スタンプ代わりのサインが全て埋まるとサッチがご褒美をくれるらしい。それも、好きなデザートを作ってくれるという特別なものだ。それを言われたら子供みたいだから取り下げてくれとは言えず、粛々とライムジュースを作ってもらっては飲む毎日を続けている。

「別に好きなもん頼みゃいいだろ」

 甲板にて、悩むアネッタに向けて、エースが適当に言葉を返す。アネッタはそれに唇を尖らせて「エースくんだって、サッチが作るデザートの美味しさは知ってるでしょ」なんて零すが、エースからすればデザートよりも肉が良い。よって彼の返答は変わらず適当なものであったが、この船で一番年の近い女だ。エースは唇を尖らせながらも真面目に武器磨きに励むアネッタを見て、煤のついた頬を拭ってやりながら言った。

「じゃあ、何が食いたいんだよ。候補ぐらいはあるんだろ?」
「んー……そりゃあ色々あるんだけど…」
「けど?」
「一番は生の果物を使ったデザートがいいんだけど……でも生の果物って船の上じゃ貴重なんでしょ?だからサッチを困らせちゃうかもしれないと思って」
「言うだけ言ってみりゃいいだろ、言うだけならタダって言葉もあるんだしよ」
「言っていいのかなぁ……我儘って思わない?」
「アイツが?お前のことを?」

 言うわけねえだろ、あの過保護なサッチが。普段の過保護具合を見ていれば馬鹿でも分かりそうなものだが、それに気付かないのは元々彼女が遠慮しい性格だからなのかもしれない。海賊船に乗っているのだから、もう少し欲を出せばいいのにと思うのはエースの談。しかし、其処が彼女の良いところでもあるだけにそれを否定することは出来ず、エースは頭を掻いた後「おおい、サッチ」と近くを歩いていたサッチを呼び止めた。

「お、どうしたんだ?」
「あのよ、ちょっと聞きてぇんだが……いまこの船に生のくだ」
「わああああああ!!」

 なんで話しちゃうんだ!焦り、大声を出したアネッタがエースの口を両手で押さえつける。あまりの勢いにエースは後ろに倒れて頭部を強打するが、これ以上エースを喋らせるわけにはいかない。アネッタはエースの上に跨るようにして押さえつけながら「え、エースくん!なんで言っちゃうの!」と言うと、押さえつけられてもなお簡単に身を起こしたエースが、足の上にアネッタを乗せたまま口に張り付いた手を剥がして言った。

「そりゃ言った方が早いだろ」
「そうかもしれないけど、私が悩んでたの聞いてたよねぇ?!」
「聞いた聞いた」

 適当かつ面倒くさそうな反応。アネッタはその反応にもだもだとしていたが、それを眺めるサッチとしては微笑ましくて仕方が無い。なんというか本物の兄妹のようだ。サッチは腕を組んで二人の様子を暫くみたあと、膝を曲げてしゃがみこむと、アネッタに尋ねた。

「もしかして、生の果物が食べたいのか?」
「え、あ、………、……」

 こうやって押し黙る時、彼女はたいてい何かを隠している。サッチは息を漏らすように笑うと、今度はエースに向けて「エース、何か知ってるか」と尋ねるが、当然アネッタとしては言いたくないはず。アネッタはおろおろとして二人を交互に見た後、観念したように零した。

「生の果物が食べたいです……」
「はは、別にそんくらい言ってくれりゃあいいのに」
「……我儘って思わない?」
「普段のこいつらに比べたらかわいいもんさ」

 それに、こうやって我儘じゃないか悩むような子が我儘なわけないだろ。そういってサッチの手のひらがアネッタの頭を撫でる。その穏やかな声色と暖かい手のひらは不思議と彼女の緊張を緩ませて、アネッタは良かったと安堵を零したが、我儘に対する答えは返ってきていない。アネッタは恐る恐ると言った様子で「それで、あの、生の果物を使ったデザートとかって、リクエストできる…?」と尋ねると、サッチは白い歯を見せるようにして笑い、親指を立てた。


 そうして来るは食糧庫、の端。船の食糧庫は、頑丈な木樽や木箱によって整然と整理されていた。木樽と木箱はそれぞれ古びているが堅牢で、丁寧に手入れされたそれらが行列をなしている。サッチの説明いわく、これらの中にはそれぞれ乾燥した食品や保存食、缶詰などが詰まっているらしいのだが、今回の目的はこれではないらしい。サッチは食糧庫の端にある木箱を叩き、蓋を開いた。

「よし、今日はこれを出そうと思う。エース、それからアネッタも中を見てみな」

 促されるがまま、エースとアネッタはふたりで中を見る。しかしそこにあるのは、どこからどう見ても土の塊だ。とてもじゃないが生の果物には見えず、アネッタは重たい塊を両手で持ち上げてみるが、やっぱりどこからどう見ても乾いた土の塊だ。

「くだもの…?」

 アネッタが呆然としていると、エースが意を唱えた。

「おれには泥団子にしか見えねえが、これが果物なのか」
「あぁ、こいつはとある地域に伝わる伝統的な保存方法でな…っと、ほら、アネッタ。嘘は言ってねえから落ち込むな。ほら、これ持って甲板に行くぞ」

 疑わしい限りだが、他でもないサッチの言うことだ。アネッタは泥団子にしか見えないそれを手にしたまま頷くと、アネッタは一つの泥団子を、サッチは二つの泥団子を、エースは五個の泥団子を持って甲板へと出た。――が、やはり太陽に晒されてもそれは泥団子にしか見えない。

 しかもやたらと硬いそれはちょっとした鈍器のようで、サッチはエースから腰に下げたナイフを借りると、柄の部分で泥団子の側面を一周分回しながら叩く。「エースくんはこれが何かわかるの?」「いいや、分からねぇ」一体何をしているのかとエースとアネッタは、それこそ兄妹のように並んで眺めるが、会話の通りこれが一体何なのかは分からないようだ。その様子にサッチはもう一度息を漏らすように笑いながらも、一周分綺麗に叩き終えると、彼は「見てろよ…」と入った亀裂に親指を押し込んで、外側に開くようにして割ってみせた。

「…こ、これって……」

 まさか、生葡萄が出てくるとは思わなかった。それも、砂汚れで色味こそ悪いが鮮度が良いのか一粒一粒ハリがあり、アネッタは不思議そうに「どうしてブドウが此処に?」と尋ねると、サッチは得意げに笑った。

「これはカンギナっていう長期保存方法の一つでな、藁を混ぜた泥でボウル状の容器を作り乾燥させたものにブドウを入れて、さらに泥で蓋をして密封してやると、冷暗状態が出来るんだ」
「冷暗、状態?」
「あぁ。冷暗状態ってのは、低い温度で一定に保たれた場所で食品の保存にうってつけでな。こうしてやることでブドウなんかは腐らずに半年は持つんだよ」
「半年間ってすごい……え、じゃ、じゃあこれ生の状態で食べられるの?!」
「勿論!まぁ、見てのとおり砂がすげぇついてるからよく洗う必要はあるけどな」
「……わあ」

 突然異世界に飛ばされて暫く。彼女も随分と我慢していたのだろう。葡萄を見つめる瞳は子供のようにきらきらと輝いて、「な?我儘言ってみて良かっただろ?」とサッチが尋ねると、その真っ直ぐでひとつの濁りもない瞳が向けられる。

「うんっ!ありがとう、サッチ。エースくんもありがとう!」

 海賊相手にここまで純粋な目が向けられることはない。よってサッチは少しばかり面食らった様子で頭を掻いて、お礼を言われるエースもまた唇を尖らせるがどうにも腹がむず痒くていけない。

「お、おう」
「なんだ、エース。一丁前に照れてんのか?」
「っうるせえよ、……それで?これで一体何を作るんだ」

 このまま揶揄われるのも癪だ。エースは面倒見が良い分だる絡みの激しいサッチを見て早々に話題を変えると、サッチは悩ましい問題だと言うように腕を組んで見せた。

「そうだなー、生果物がいいならプリンアラモードか、ゼリーかフルーツタルトか…生果物をたっぷり使ったジュースも捨てがたいよなぁ…」
「ジュースはデザートじゃねえだろ」
「そうか?じゃあやっぱりゼリーか…?」

 日持ちしないから、何かと砂糖漬けにしたり干したりと加工しているだけで、やはり生の果物は美味い。彼女が生の果物を求める理由もよく分かるだけに何か期待に添えるものを作りたい。コックとしてのプライドと、彼女に対する思い。サッチは暫く天を仰いで悩んでいたが、一番良いのは本人の意見であるはず。
 サッチは「アネッタは何が良い?」と意見を求めると、我儘を言えずに我慢ばかりしていたアネッタは言葉を詰まらせたあと、勇気を振り絞るように呟いた。

「フ……フルーツタルト…」
「お、じゃあそうするか。カードは今日で貯まるんだろ?」
「う、うん」
「よしよし、じゃあ今日のおやつで出してやるから楽しみにしてな」
「わ……ありがとう!……へへ、楽しみだなぁ」

 太陽の下、笑みが溢れる。その様子に兄ふたりも笑ったが、なんと幸せなことか。

「さあ!うまいデザートのために一仕事だ。葡萄を取り出すぞ!」
「おー!」

 三人は声を弾ませ、心を弾ませ、泥団子改めカンギナを手に、葡萄を取り出すための作業を始めた。