【四話】おじさんたち、焦る(⛓🥖🍍)

「あーあ、たまには生の果物が食べたいなぁ……」

 船旅を始めて暫く経つが、現代ほど科学が発展していない船上では、保存のきかない牛乳や果物は貴重品にあたる。よって殆どの果物は何らかの加工が施されており、最後に生の果物を食べたのはもう一カ月も前の事になる。現代では果物がある環境が当たり前だっただけに、地味に辛いと思うのは我儘だろうか。
 アネッタがぼやきながらため息を吐くと、目の前で鉄球の手入れをしていたラクヨウが手を止めて、えらく驚いたような顔を向けた。

「あぁ?果物を食べたいだぁ?毎日食ってるだろ」
「え?食べてないけど……」
「飯時にライムが置かれてるだろ」
「あれってお酒にいれるやつでしょ?」

 確かにラクヨウの言うとおり、ギャレーに並ぶ各テーブルには浅いカゴに積まれたライムがある。ピラミッド上に積まれたそれは小ぶりで青々としているが、男たちはそれを手で握りつぶし、酒に絞り入れていた。よってそれは酒に使うものだと理解していたのだが、目の前の驚く顔を見るに、何か違ったのかもしれない。

 ラクヨウは手にした雑巾を落とすや否や、乱暴に腕を掴み、三白眼が腕をなぞる。それから、今度は村娘風のエプロンドレスに手をかけて、一寸の迷いもなく捲るが、とんだ破廉恥行為だ。アネッタは捲る動きに反して、下に押さえつけながら「ちょっ、やだ、っ、ラクヨウやめてっ」と嫌がるが、その手が退けられることは無い。ただ「うるせぇ」と返された言葉には不快さを滲ませており、アネッタは言葉に体を振るわせた後、目を潤ませた。

 なんで、どうして。
 どうして急に。

 理由を探るも理解が追い付かない。ただ、目の前の頼れる男が、いまや恐怖の対象にしか思えずアネッタはスカートを手が白くなるまで強く握りしめるが、ただの女子高生が一介の海賊相手に敵うわけもない。

「~~った、すけ、…ッ、サッチ、サッチ!」

 アネッタはたまらず絶叫し、助けを求める声を上げた。その瞬間、ゴインと鈍器で殴ったような音が響き、ラクヨウの体が胸元に崩れ落ちた。

「…っはぁ……アネッタの声が聞こえたと思ったら、ラクヨウ!テメェアネッタに何をしてんだ!」

 ばふと胸元に顔を埋めるようにして倒れたラクヨウの体重が一気にのしかかり、体制を崩す。見上げると肩で息をしたサッチが恐ろしい顔で拳を握っており、ラクヨウの首根っこを掴んで乱暴に引き上げるが、彼からすれば何か理由があるようだ。ラクヨウは殴られた後頭部に手をやりながら首元を掴む手を払い、身を起こすと負けじと声を荒げた。

「ってぇなァ!なにを勘違いして……っおれはこいつが壊血病になってないかをだな…!!」
「壊血病だあ?普段から果物を取らせてんのにそりゃあ流石に言い訳が苦しいぜ」

 白々しい、と冷めた目で見るサッチがアネッタの手を取って抱き上げる。可愛そうにと言いながら太い腕で尻を抱える姿は完全に過保護な保護者だ。しかし、ラクヨウはこの場で黙ってはいられない。いや、黙っているわけにはいかない。彼は頭を摩ると、場の雰囲気を遮るようアネッタの額を人差し指で小突き、声を大きくして言った。

「ちげぇよ!果物を食わせてるって言ってるが、こいつライムを使ってねぇんだよ」
「は?……いやいや、飯時に出してるだろ」
「ギャレーにあるライムは、酒に使うものだと思ってたんだと」
「え?」

 サッチがそんなまさかとアネッタを見る。しかしアネッタは先のとおり、何も理解しちゃいない状態だ。彼女はサッチに抱かれたまま首を傾げると、途端にサッチの顔をさあっと青ざめて、呆然と零した。

「……マジ?」

「え、う……すっぱ、い……!」

 ほどなくして、ライムをたっぷり絞ったライムジュースを口にする。その前には、片手は船医・マルコにより血液検査が行われ、痛いやら酸っぱいやらではあるが泣くほどの痛みではない。ただ、その一方で口の中がきゅうってする。何もここまで酸っぱいものを飲む必要がとは思ったが、三人の圧が強すぎて逆らうことなんてできずにちびちびと飲んでいると、サッチがどこか安堵した様子で息を落とし、アネッタを見張るラクヨウに向けて頭を下げていた。

「悪い、助かった」
「……まぁ、別にいいけどよ」

 はて、助かったとは一体どういうことだろうか。アネッタが不思議に思っていると、マルコがそれに気付いたように、注射痕に絆創膏を貼りながらゆっくりと語り始めた。

「説明が足りてなくて悪かったねい。……おれたち船上で生活する者からすれば割と当たり前の事なんだが、おれたちは自発的にビタミンCを取るよう心掛けているんだよい」
「ビタミンC……ってこのライムジュースみたいな?」
「あぁ。どうしても船上ではビタミン不足になりがちでねい。……それで人間ってのはビタミンが不足すると壊血病っていう、まぁ、なんだ、兎に角怖い病気になって、最悪死に至ることもある。だからおれたちはギャレーにライムを置いて、いつでもビタミンが取れるようにしていたんだが…」
「勘違いで取ってなかったってことかぁ」
「そういうことだねい」

 ははぁ、なるほど。彼らが顔を青くするわけだと理解する反面で、もしラクヨウに発言が拾われていなかったらと考えて、ぞわりと背中を震わせる。それと同時に、あのときラクヨウが腕を掴みスカートを捲ったことを思い出して、「あ、でもさっきラクヨウがスカート捲ってきたのは?」と尋ねると、マルコの冷めた目がラクヨウを見る。おまえ、そういう趣味があったのかっていう目だ。

 当然ラクヨウはそれを受けては「ちげぇよ!!腕を見たのは壊血病の特徴である肌の渇きを見ていただけで、スカートを捲ったのだって太ももに痣が出来てねぇか見るためだ馬鹿!」と抗議をし、誤解は解けていたが、あんまりにもラクヨウが必死に弁明するものだから、ちょっとした悪戯心から「ラクヨウのえっち」と言うと、顔を真っ赤にして怒ったラクヨウからゲンコツを落とされてしまい、さらにはサッチとマルコからは、本気で心配している奴をからかうんじゃないと真面目に叱られることになった。