昇格祝いと制服

 世界政府に所属する諜報員たちの殆どは、みな揃いのスーツを着ている。それにある程度の自由が利き始めたのは、CP9に昇格した時の事。昇格の報せに続いて、衣装変更の希望があれば書類を提出するようにと言われ、初めは「窮屈なスーツからは絶対に変更してやる!」と意気込んだものの……当然ながらノーアイディアだ。
 色は黒を基調に、ネクタイは推奨。それ以外に細かい規定はなく、ロブ・ルッチは蔦の刺繍を入れたシャツを着ているし、ジャブラは鍛練着にネクタイを合わせている。カリファに至っては、胸元を開けたタイトスカートという大胆な装いで、自由度が高いのは結構だが、こうも選択肢が広いと、逆に決めかねてしまう。
それなのに、締め切りは明日と短いのだから酷い話だ。

「提出は明日だからな、さっさと出せよ」

  スパンダム司令長官からも尻を叩かれてしまい、これは本格的に急がなければならないと少し先に昇格したカクを頼り、部屋へと向かうと、彼はすでに新しい制服を纏っていた。
 一見ただのスーツに見えるシルエットに、これまでとは異なる下に着込んだ縦襟の上着。胸元には差し色として夕焼けを切り取ったような朱色のスカーフが三角に折られた状態で入れており、それを見たアネッタの第一声はなんとも子供じみたものだった。

「ああ!カクずるい!」

 ずるい、そんな素敵な……そんな素敵なの……。自分よりも少し早く昇格したが、まさかもう新しい制服が届いているとは思いもしなかった。きのうまでは揃いのスーツ姿だったのに。何より、新しいその姿は彼のために生まれたといっても過言でもないくらい似合っている。自分が迷っているなか、満点すぎる新しい制服を選んでいたなんて!ウウと唸ると、カクは呆れた顔で頬を摘まんだ。

「……なんじゃ急に、というか第一声がそれなんか」
「だってぇ……」
「ずるい以外の感想も聞きたいもんじゃのう」

 少しだけいじけたような声。アネッタはそれにパッと表情を明るくして「あ……ごめんごめん、とっても恰好いいよ!すっごく似合ってる!」と声を弾ませると、目尻に皺を作りながら満更でもなさそうに微笑む。……なんだか普段よりも、浮ついているような。アネッタは彼の首元をちょいと触って尋ねると、彼は白々しく肩を竦めた。

「でも、中のワイシャツはやめちゃったんだね」
「ああ、これで随分と首が楽になったわい」
「へえー……確かにネクタイもないし、そっちの方が楽そうだね」
「わしは剣士でもあるからのう、ヒラヒラと動かれるよりもこっちの方がええんじゃ」
「……、……」
「アネッタ?」
「あぁ、ごめん。そうだよねぇ、と思って」

 言いながら、視線を落とす。カクはその様子に、「お前の制服はどうするんじゃ」と尋ねたのは、察しての事だったのだろう。アネッタはそれに袖を引かれたように顔を上げると小さく零した。

「どうすればいいかわかんなくて……だって、これまではスーツを着なさいって言ってたのにいきなり自分で考えてもいいよって言われても、その、分かんないっていうか」
「ははあ、成程のう」

 ……そりゃあ全ての選択肢を潰されて、敷かれたレールの上しか歩いてこなかったのだから自分で考える頭も無いだろうなとカク。彼女はそれを自覚していないだけに、ただ困惑している様子に見える。しかし、自分で自由に選択できる頭に育てるのも何かと不都合が多い。カクはそれを顔に出さず少しの沈黙のあと適当に選択の幅を狭めるよう「まずはカリファと同じ型にしたらええ」というと、アネッタはどこかほっとした安堵の様子で笑みを見せた。

「あ……そっか、そうだよね。カリファと同じ型なら間違いなんてことはないもんね」
「ああ、それにお前がうっかり尻尾を出してしもうても、スカートの方が何かと都合がええじゃろ」
「確かに……!あ、ちょ、ちょっとまってもうここで要望届書いちゃうおう」

 選択をある程度絞って、あとは理由付きで説明もすれば納得が続く。アネッタは二人掛けのソファに座って、サイドテーブルにある紙を使ってそれを必死にメモをしていたが、まぁ、此処まで言えば選択の幅も広げず、育つこともないだろう。彼女に続いて隣に座ると、「私もついにネクタイ卒業かぁ」と感慨深そうに言うアネッタを見た。

「うん?」
「だって、カリファはノーネクタイで、胸元が開いてるでしょ」
「お前はいかんぞ」
「え?」
「破廉恥な女じゃのう」
「ええ?」
「それに、あの網タイツもいかん」

 言いながら、腰を捻ってサイドテーブルでメモを取る彼女の羽ペンを取って、胸元までボタンを閉じて白いネクタイを着用することを書き記す。それにアネッタはわけわからんという顔でクエスチョンマークを多く浮かべていたが、胸元を開いて男を引き寄せられてはかなわない。さらに彼女の背後から身を寄せて、襟元には差し色となる色で模様を入れる事、それから靴下までを指定して書き記すと、「ま、こんなもんじゃろう」と言って身を寄せた体を彼女に押し付けた。

「ぐええ、重い」
「なんじゃと、失礼なやつじゃのう」
「身長差考えてよお……」
「……ほーう?残念じゃのう、このあとは昇格祝いに買い物へ連れていってやろうと思っとったのに」
「え、何か買ってくれるの?」
「ネクタイでも買ってやろう」
「あ、ネクタイはルッチがくれたから大丈夫」
「…………」

 白いネクタイなんだけど、よくみたらパールホワイトみたいな上品な艶があってね、とっても素敵なんだよ。そうやって嬉しそうに頬を緩ませる彼女に思わず口を噤む。……ルッチのやつ、昇格祝いの話をしたときには鼻で笑っておったくせに、あれは興味がないとかくだらないではなくて既に渡しているというマウントだったのか。それも、これまでよりも黒を基調にすることを考えて先回りして白ネクタイをプレゼントしている事も腹立たしい。
 カクが表情を曇らせると、のしかかられたままのアネッタが重たそうにしながら沈黙を不思議に思う。しかし、此方の機嫌が陰り始めたことに気付きもしない鈍感は無敵なもので、自分の頭を指しながら言った。

「あ、でもねぇ、髪を結ぶときも黒いシンプルなゴムじゃなくていいっていってたから新しいのにしたいなって」
「ほう、じゃあそんなものでええのか?」
「そんなものっていうけど、毎日使うものだもん!」
「……わはは、それもそうじゃな。それじゃあ、いくつか選びに行くとするかのう」
「へへ、じゃあさっそく提出してきちゃうね!」

 その時、重いから退いてとキッパリ言われてしまったが、彼女は制服が決まったことにも、それから一緒に出掛けることにも嬉しそうな様子であった。「一緒に行くか?」尋ねるとアネッタはまた嬉しそうに笑って頬を綻ばせて惜しみなく喜びを見せる。カクは其れを眩しそうに目を細めると立ちあがり、「それで、昇格祝いには何が食べたい」と尋ね、談笑をしながら部屋を出た。