司令長官室で、お高いケーキを貰った。「なんでケーキ?」と思ったのはほんの一瞬。どこぞの貴族一派と会った帰りで手土産に持たされたのだと疲れた顔で語るスパンダムは珈琲を啜っており、差し出された白い箱を開けると、なんとも美味しそうなケーキが並んでいた。
ガトーショコラケーキにチーズケーキ、それからチェリーパイまで。ふと目にした白い箱の外側には前にカリファが美味しいからお勧めだと言っていた名店のロゴがあり、箱の頂点に差し込まれたカードにあるスパンダム宛のメッセージを見るに、決して他所に渡すための手土産品ではないように思う。
「……長官は食べないんですか?」
訊ねると、スパンダムはネクタイを緩めながら面倒臭そうに言った。
「要らねえよ、もう飯は食ってきた」
「デザートは別腹じゃないんですか?」
「あぁ?もうそんな年じゃねえよ」
おじさんになると食べれなくなっちゃうんだ……。
そういえば、食後にデザートを食べに行こうと甘党のジャブラを誘っても、最近は妙に付き合いが悪い時がある。あれも、そういうことなんだろうか。今度誘う時は気遣ってあげないと。
そんなことを口に出さず考えていたのに、スパンダムは此方を睨む。全て分かってんぞって顔だ。たまらず目を逸らし、これ以上機嫌が悪くならないよう有難く白い箱を頂戴すると、さっさと部屋を出て、それからひとりニンマリと笑った。
「高級ケーキ、独り占め……!」
そうと決まれば、こっそり食べるに限る!司令長官室前に立つ門番には「内緒にしててね」と賄賂としてちょっとだけいいとこのキャラメルを渡して、ついでに一人になるには良い場所はないかと聞いたりもして駆け足で走る。
白い箱を両手で持って向かった先は、このエニエスロビーの頂点だった。始めは自分の部屋に籠る事を考えたが、あそこは何かと訪問が多い。なので、今日は誰もこなさそうな頂上を目指して上がったわけだが、今日も今日とて快晴で、旗がたなびくほどの良い風が吹いている。
「ふあー……涼しー……」
ケーキを食べるには、ちょっと風が強すぎるだろうか。
カリファたちのように、もっと落ち着いて食べたほうが良いというのはなんとなく分かっている。しかし、上品にすることも、静かに食べることもどちらかというと苦手で、結局ピクニックみたいなところで食べることを選んでしまった。
白い箱から取り出されたお高いチェリーパイも、まさかこんなところで、さらに手づかみで食べられるとは思ってもいなかったはずだ。慎重に下に敷かれた紙を持って持ち上げると――「こら、アネッタ」という声が響いて、ビクンと体が跳ねた。
「げっ」
「げ?」
「あ、いや、なんでも」
振り返らずともわかるその声は間違いなくカクだ。カクはチェリーパイを持った方に腰を下ろすと「随分と良いものを食うとるな」と言って、許可もなく当たり前のように私の手首を掴む。それからざくっと良い音を立て、ついでにポロポロと落としたタルト部分を風に払ってもらって食す姿に唖然としていると、カクはご機嫌に声を弾ませた。
「ん!うまいのう!」
「ああっ、私まだ一口も食べてないのに!」
「じゃあいま食うたらええじゃろ」
「そういうことじゃない!一口目が美味しいの!」
「野菜や果物じゃあるまいし、一口目と二口目の場所によって味は変わらん」
「そういうことじゃなくってさぁ……!」
こ、これだから理系の男って……!
怒りでワナワナと肩が震えるが、カクは本当に身勝手だ。チェリーパイをそのまま奪うと、一口を押し込むように食べさせてくるし、かと思ったらもう一口自分で食べるし。
そりゃあまぁ、チェリーパイはやっぱり美味しかったけども、それにしたって折角独り占めしようと思ったのに!なんだか悔しくなって、仕返すように彼の手首を掴んで、自分の方へ引き寄せる。それからぐあっと口を開いて大きめに頬張るとカクは驚いていたが「食いしん坊め」と言うだけで、呑気に笑っていた。
「それにしてもこのケーキはどうしたんじゃ」
「すぱんばうひょうかんにもらっはほ」
「おうおう、飲み込んでから喋らんか」
それもそうだ。
しっかり味わって咀嚼をし、ごくんと飲み込んでからもう一回言った。
「スパンダム司令長官に貰ったの」
「長官から?……珍しいことがあるもんじゃのう」
「ねー、なんかもう食事は済ませてきたからやるって」
「ほー……じゃあなんでわしを誘わんのじゃ?」
「え?いや、……ねぇ?」
「わしはいつもお前に土産品をくれてやっとるのにのう」
「ウッ、だ、だって全部食べてみたくて……」
思わず言葉が詰まる。だってぜんぶ独り占めしようと思っていたなんて言いづらいではないか。……まぁそれも全部白状する羽目になったので、残ったガトーショコラケーキやチーズケーキたちを見せて「どっちがいい?」と尋ねるしかないのだけれど。
「わしはどっちでもええが……お前はどっちも食べたいんじゃろ」
「そう!どっちも食べたい」
「ならさっき見たいに分け合ったらええじゃろ」
言いながら、チェリーパイをもう一口食べたカクが最後の一口を私の口に向ける。それをひな鳥のように食べると次にガトーショコラとチーズケーキをそれぞれ指すので、チーズケーキを指定すると、彼はそれを手にとって一口目を頬張った。
「ん……こっちは少し柑橘系のさわやかな感じがするのう」
「柑橘系?普通のチーズケーキじゃないんだ」
「特に皮が練りこまれているようじゃないし、果汁を絞ったのかもしれんのう」
「ほえー……」
口の中が無くなると、それを察したようにチーズケーキを向けられる。それに甘えて一口頬張ると、確かに口の中に柑橘系のさわやかさを感じる。それにチーズ自体も舌ざわりが良くなめらかで、舌に残るそのチーズを味わっているとカクが不思議そうに顔を覗いた。
「どうした、口に合わんかったか?」
「あ、ううん。美味しかったからすっごい味わってた」
「ああ、なるほどのう」
言いながら、チーズケーキをもう一口頬張るカクを見て、自分はガトーショコラを手に取って口にする。こっちはチーズケーキや、甘酸っぱいチェリーパイよりも重たい甘みがあって、それでいてこちらも滑らかさがある。同じ滑らかさがあっても、チーズケーキとはまた異なる甘味に、「カク、こっちも美味しいよ」と言うと今度はカクがひな鳥のように口を開けるので、口元に向けて一口を食べさせてやった。
「んん……こっちはちと重いのう……紅茶やコーヒーが欲しくなる」
「あ、確かに。これだけ甘かったら珈琲にミルクいらないかなぁ」
「いやぁ、お前はミルクをいれんとゲーするじゃろ」
「今度はいける気がするけどなぁ」
駄目だったらカクにあげるね。そういうとカクは渋い顔をしていたが、まぁこういうのもいつものことだ。そうやってお互いにチーズケーキやガトーショコラを交換こして食べあうと、そういえば次の任務先は肉料理が絶品らしいとか、箱に差し込まれた長官宛てのメッセージカードは結構やらしいことが書かれていたとか。涼やかな風に吹かれながら他愛のない話を続けて、私たちはケラケラと笑いあった。