世界政府の諜報員は、海賊が裸足で逃げ出すようなブラック体質で、とにかく拘束時間が長い。それも役職が上がるほど拘束時間は長くなり、短日で終わる任務は極めて稀。当然、任務にあたる人員編成も諜報員たちの間にある関係値は考慮されず、──つまりはそう。カクと離れてもう二カ月が経ってしまった。
「うーん……締めの文はどうしよう……」
書きかけの手紙を前に、机に置いた蝋燭の灯火が揺らめく。
ここは、仮住まいとして借りた一軒家。小さな家とはいえ、一人で住む家には自分以外の音がなく、寂しくて仕方がない。
──今夜は庭にあった桃色の花を添えて。
手紙の終わりを記して、紙を丁寧に折り畳む。それから庭で採取した花を封筒の上に、赤い蝋をトロリと垂らしてシーリングスタンプで留めたのは、機密性を担保するため。高級品でもない蝋はパキリと折れやすい事から、割れや欠けの状態から誰か開けていないかを確認しているのだ。
「まぁ、別にカク宛だから誰が見てもラブレターにしか見えないんだろうけど……」
暗号と、愛情をたっぷり仕込んだ手紙。これは明日やってくる世界政府の配達部員に託す予定ではあるものの、彼に届くまではどうしても日数がかかってしまう。だからそう、次に彼の体温を感じるまではそれなりの日数が必要なわけで。
寂しいなぁと思った言葉をグッと堪えてベッドに向かい身体を倒すと、突然月明かりが遮られたように辺り一帯が暗くなった。
「なんじゃ、もう寝てしまうんか」
暗い影の中心部から聞こえる声。
なんて都合の良い幻聴だろう。寂しさのあまりに幻聴まで聞こえるようになったのか。開けっ放しの窓から入り込んだ風が、悪戯に蝋燭の灯りを揺らす。相変わらず室内は夜に溶け込んだように暗く、さっさと寝てしまおうと足元にある毛布に手を向けると、それにしても先の声はやけに明瞭だったと気付いた。
「え?」
顔を上げると、窓辺にはカクが立っていた。
──それも、花束を持って。
「カク……?」
「わはは……お前の仕事っぷりがあんまりにも遅いもんじゃから、つい来てしもうた」
気付いたら、彼のもとまで走っていた。そのときの服装は寝巻姿で可愛げもない服だったけど、そんなことよりも、いま目の前にいる喜びの方がはるかに勝っていた。
「おっと、」
彼の胸元に入り込むように抱きしめて、言葉もなく頭をグリグリと押し付ける。カクはそれを片手一つで受け止めると、少し呆れたように息を吐いていたが、近くで聞こえる心臓の鼓動は確かに本物だ。それに彼が持つ花束が揺れると花弁が一つ落ちて、甘い香りが鼻腔を擽る。
背中側に腕が回ると久しい温もりが身体を包んで、堪えていたことが零れ落ちていた。
「……遅いよぉ……」
「すまんのう、これでも前の仕事をかなり巻いたんじゃ。許してくれ」
「ん……明日にはもう帰るの……?」
「いいや、この任務が終わるまでは一緒じゃ」
だから機嫌を治せとも言いたげな、穏やかな言葉。身体を離す彼は手にした花束が良く見えるよう持ち上げたものの、一度離れた体が寂しい。でも、寂しいとは何故か言えない。まるで喉に魚の小骨が刺さったようにつっかえてしまい、代わりに磁石みたいにくっつくと彼は笑って花束を渡すだけで身体を離し──今度はヒョイと私の身体を持ち上げた。
「とはいえ、仕事帰りでわしも疲れとる。今日はさっさと寝るかのう」
それもお姫様抱っこだ。普通に立っているよりも距離が近くなって少しだけ胸が弾む。
「う、うん」
久し振りであるせいか、少しだけぎこちない返事。彼はそのままベッドへと歩くと、机に置いた封筒に気付いて、足を止めた。
「あれは?」
「明日出そうと思ってた手紙。でもカクと会えたからいらなくなっちゃったね」
「……わしが貰ってもいいか」
「え、いいけど……でもこうやって会ったのに手紙を見るの?」
「おお、じゃってお前からの手紙じゃろ。……これでも、結構楽しみにしとったんじゃぞ」
至近距離にいるせいで、ぎこちなさが移ったのか彼の言葉が少しだけぎこちない。見上げた顔も薄暗いせいでよくは見えないが、少しだけ血色がよいような。
なんだか無性に甘えたくなって、心臓がぎゅうっと痛む。だからベッドに降ろされたあとも積極的に抱きしめに行くと彼はやっぱりぎこちない様子でいたものの、一緒になって寝ころぶと彼は少しだけクシャリと笑った。
「……やっぱり一緒がええのう」
「へへ……、明日は一緒にご飯食べようね」
「おお、そうしたら早速今後の作戦会議じゃな」
「あ、花束を花瓶に差さないと」
「それは後でええじゃろ」
隣を抜け出そうとすると、彼は腕を掴んでそれを拒む。それから自分の方へと引き寄せてギュウと抱きしめるその姿は甘えたで、「カクも寂しかった?」と尋ねると、彼は何も言わず、ただ抱きしめる腕に力を込めた。