本日、光合成日和ともいえる晴天。こんなに良い天気の日にただ仕事をするんじゃ勿体無えと人の目を盗んで、海軍本部応接間に足を踏み入れたはいいものの、どうやら先に客人が居たらしい。革張りの椅子に座る女と目があって、一度目を瞬かせる。彼女はアネッタ、竜人族の最後の生き残りとかいうサイファーポール在籍の女だ。
「よぉ、竜人族のお嬢ちゃん」
女はおれと目が合うや否やぎくりとした表情を見せたが、おれの挨拶に言葉を返すことなくじろりと小さく睨んだ。といってもまぁ、こんな嬢ちゃんから睨まれても可愛いだけのもんなのだが。
「お、なんだァ無視か?らははは、ツレねぇなぁ…久しぶりに会ったっていうのによ。」
彼女との出会いは数年前になる。その時はおれを睨むこともなく、少し恥ずかしそうに挨拶を交わしてくれたのだが、その時にウザ絡みをしたことが悪かったらしい。今じゃああやって塩対応をされるだけ。クザンさんにはにっこにこな癖に、おれには塩対応なのだから腹立たしいもので、立ち去りたそうな彼女を見下ろして足元から木の根を伸ばしては、彼女の足に根を張るような要領で絡みつかせた。
「な……っ!」
がくんと体制が崩れて嬢ちゃんがソファの下に倒れ、咄嗟に彼女はサイファーポール仕込みの嵐脚でも御披露目しようと足を上げたようだったが、足首に絡み付いた枝も、そしておれもそれを許すことなく、ぎちりと音を立てて彼女の足を締め上げる。くっ、と短い言葉と共に、彼女の持っていた紙袋がことんと音を立てて硬い床に落ちた。
倒された紙袋からは半透明の布生地のようなそれが飛び出して、それをちらりと横目で見たがあれが一体何なのかは分からなかったが、意味も分からずに押し倒された彼女はいつの間にか生やしたらしい尻尾で地団駄を踏むように何度も叩きつけて不満を露わにしている。
「…っ、出会い頭に一体なんなんですか!」
「こうでもしないとアンタ逃げるだろ。」
否定もしない彼女の目つきは鋭い。
「らははは!いいなァ、その反抗的な目。…それで、あれは?」
顎でくいとあの紙袋と飛び出したものを指せば、あまり触れられたい話ではないようで嬢ちゃんは少しばかり眉間に皺を寄せる。
「……あなたに言う必要あります?」
「言わなければセクハラを続けるまでだなァ」
「自覚あったなんて意外ですねぇ」
皮肉を零す彼女に巻き付いた枝がぎちりと音を立てて締め上げる。痛みに表情を歪める嬢ちゃんを見下ろして、まるでこれじゃあ拷問のそれだと心の奥底で笑ったが、サイファーポールに在籍している女が締め上げる程度で恐怖に怯える筈もなく、此方を見上げる瞳が鋭く細められた。
「それで?」
しかし、袋の中身が気になったおれは彼女の警戒も嫌悪感も全て無視をして問いかけると、彼女は小さくため息を吐き出して、
「……、……ただの、脱皮したあとの抜け殻ですよ。」
と零す。
「脱皮?…、ああ、竜人族だから提出されるように言われてるのか?」
「まぁ、そんなところですね。」
成程。半透明なのは脱皮したあとの抜け殻だったからか。いまだに機嫌悪く床にじたじたと叩きつけられている尻尾を見ては、これが脱皮するのかと関心しつつ、なんとなしに彼女の首筋に手を這わせるとここも脱皮したばかりで触れられる感覚が強いのか、おれが触れた瞬間、嬢ちゃんの喉がひくりと震えた。それをめざとく見たおれは知らぬうちに口角が上がっていたようで、気づけばおれを見上げる嬢ちゃんが訝し気におれを見上げていた。
「……、研究か保存かは知らねぇが女の子の皮ァ剥いで渡せだなんて趣味が悪いな。」
「………縛って押し倒すあなたも趣味が悪いですよ、緑牛さん。」
まぁ確かに女の子押し倒して縛って笑うだなんて趣味が悪いわ。おれは名残惜しさを感じながらも彼女に絡む木の根・木の枝を緩めて解いてやれば、彼女は溜息混じり起き上がって飛び出した抜け殻を拾って紙袋へと戻しながら、ぽつりと呟いた。
「……こんなの、提出したくないんですけどね」
「そりゃあそうだろうなぁ」
「だってなんか、脱皮した抜け殻って……………下着っぽくてそれを研究員たちに見せるというのは、ちょっと。」
まぁその考えはおれにないので知らんのだが。ただ、嬢ちゃんにとっては重要なようで、ううっと呻きを上げる。確かに下着を考えるとちょっと、いや、かなりやらしいように聞こえるし、彼女の拾う半透明の抜け殻がやたらとなまめかしく見えて仕方が無い。
嬢ちゃんは抜け殻を丁寧に畳んで紙袋へとしまい終えると、紙袋に視線を向けて露骨にため息を吐き出した。世界政府や海軍の研究員たちの性別・年齢層、それに嬢ちゃんの抜け殻に対する感覚を考えるとそうなるのも理解できるが、嫌いな相手にすら見せるほどの弱音を前に、おれはそれを見逃すことも出来ずに一つの提案を零す。
「おれから言ってやろうか。」
「え?」
「お嬢ちゃんがデートしてくれるってんなら口利きはしてやるさ。」
「デート…」
「ああ、一回ポッキリで嬢ちゃんは上に言えなかったやめて欲しいってことをおれ経由でおれの意見として言う。安いもんだろ?」
そりゃあいまだ大将ってわけでもないが、大将にほど近い階級を持っているおれは、少なからず発言する事くらいは出来るはずだ。発言によってそれがどうなるかは正直分からないし、おれの一意見で何か変わるとも思っちゃいないが、それでも彼女にとっておれの提案ってのは魅力的な筈で、目の前の嬢ちゃんは少しばかり心が揺らいだのか、言葉を詰まらせる。
そうして、長い沈黙の後に嬢ちゃんが何かを言いかけたとき、それを遮るようにしてノック音が響いた。
「アネッタさん、研究員の皆様がお待ちです」
言葉通り、彼女を迎えにきたらしい下っ端の海兵が中に入って声を掛けて、それからおれの姿に気付くと
「あっ」と声を上げる。
「あ、おれがここに居ることはサカズキさんには内緒な!」
「えぇ…」
海兵が困惑の声を零す。そりゃそうだ。
そしてその間にも嬢ちゃんは紙袋を片手に入口へと向かうと、扉付近で足を止めてこちらにくるりと顔を向けた。
「…あ、緑牛さん。さっきの件ですけどやっぱりやめときます。」
「おいおい、嬢ちゃんにとっちゃ良い条件だろ?」
「えぇ、確かに魅力的ですがクザンさんや、…あとは私の幼馴染から男の誘いには乗るなって言われてるので」
「……は、あ?」
「ではさようなら!」
そういって嬢ちゃんはにっこりと、そりゃあ清々しいほどに良い今日一番の笑みを浮かべると、こちらの返答を待たずにさっさと扉を潜って出ていって呼びにきた海兵も嬢ちゃんを追いかけていってしまった。
そうして残されるおれは静まり返った応接間に残る抜け殻の屑を見て、ひとり嘆きながら柄にもなく頭を抱えたのだった。
「はー……遊んでたつもりが、なんでこんなにショック受けてんだか。」
ぽつり呟いた言葉は彼女の耳には届かない。