小さな竜は眠り続ける

 彼女が手のひらほどの小さな竜となって暫く。冬島に到着以来、眠たいだなんだと言って眠り出したアネッタが、目覚めなくなった。理由は分からない。寒さには強いと言っていたので冬眠ではないと思うが、目覚めることもなく眠り続ける様子は冬眠に思えて仕方がない。しかし、彼女が冬眠に入ったところで日々は変わらず航海が終わることはない。彼女が居ない間もわしらの日常はいつものように続き、ただ彼女が眠って目覚めないだけの日々が長く続くだけであった。

「……あなたもマメな男ね」

 浴室へと入る手前で、壁に凭れてカリファが言う。呆れなのか、献身的だと褒めているのかは分からない。ただ、湯気を立てる風呂を泡風呂にしてくれたのだ。彼女に対して文句を言うことも出来ず「知らんかったか、ワシャ一途な男じゃ」なんて適当なことを言いながら泡風呂の中に手を入れて小さな竜の体を浸した。

「………寝坊助め」

 ゆっくりと膨らんでは戻る柔らかいお腹。これが彼女の生きている証だ。ただ、目覚めないのならば本当に生きていると言えるのだろうか。濡れた親指で固い岩の鱗の合間にある閉じた瞼をなぞる。それから泡ぶろにある泡を掬って前進に広げ、歯ブラシやタワシ、それからタオルなどを使って岩の合間にある汚れを落とし、ついでに普段は嫌がる爪切りまでしてやると、浴槽の底には細かな砂や岩が落ちて、随分と綺麗になったように思う。

 しかし、それでも彼女は目覚めない。

 触れたら竜の習性で自制も出来ずに怒ってしまう竜の逆鱗に触れたって目覚めないのだ。

「……お前の嫌がることをすれば目覚めると思ったんじゃがなぁ……」

 普段は何かと風呂で現れることや爪切りを嫌う彼女。折角だから今の内に洗ってしまおうと思った事がきっかけではあるが、どうにも多少なりとも淡い期待を抱いていたらしい。小さく息を吐き出したわしは最後にお湯を掬って彼女にかけてやり、湯冷めせぬようにタオルに包んで風呂桶の中に入れてやっていると、突然瞼が開いた。それから彼女は呑気に欠伸をしながら辺りを見回すと、赤子のようにお雛巻でくるまれて動けない様子にえらく驚いた様子で「なんの罰?!」と声を上げていた。

 ああ、全く、この呑気な竜め。馬鹿な女め。色々言いたいことはあったけれど、ぐっと目頭が熱くなる感覚を堪えたわしが一言「おはよう」と言うと、アネッタは不思議そうにしながらも「おはよう…?」と返した。