サラダ化した彼女

「あ、カク。」

 いつも通りの朝。いつも通りの仕事。いつも通りの任務終了。そう思っていたのに、エニエスロビーに戻ったわしを出迎えたのは、細身で幼馴染の顔によく似た長身の男で、男はわしの顔を見るや否や整った顔を緩めながら此方へと駆け寄って「おかえり」と、幼馴染に似た金色の瞳を細めるようにして穏やかに笑むので、わしは強烈な違和感に思わず顔を顰めてしまった。

「な……?!……アネ、…ッタ…?どうしたんじゃその姿は…」

 駆け寄ってきた男を少しばかり見上げて問いかける。男は問いかけに機嫌よく金色の瞳を細めると正解と言わんばかりに抱きしめてきたが、わしを包む体は固いし、でかいしで抱かれ心地は最悪で「正解!でもよくわかったね。声も、見た目も男になっちゃったのに」と零す彼女もとい彼の言葉に、複雑な思いを抱いてしまった。

なんせわしは、バイでもゲイでもない。男は専門外だ。

愛情があればどうにかなるかとも思ったが、いまいち今の彼の姿にときめきなんてものは抱けずにいると、幼馴染の彼はわしの感情を察したのか、普段よりもずっと低い声が「……気持ち悪い?」と眉尻を下げながら問いかけた。
 気持ち悪くはない。しかし違和感があまりにも強すぎる。とはいえこれを彼に伝えるわけでもなく回答に困っていると、アネッタは眉尻を下げたまま申し訳なさそうに体を離して、更には数歩後ろに下がって距離を取る。

「あぁ、まぁ、そうだよね。急にこんな、男の体になったら、……。と、とりあえず、24時間経てば戻るらしいから、それまでこの服は借りてもいい?ルッチやジャブラたちの服は大きくって。」
「あぁ、……構わんが。」
「ありがとう。それじゃあ、……ええと、適当に仕事でもしてくるよ。」

 今日の仕事はもう終わっただろうに、一体どこに行くのだと思ったが、これもまたわしへの配慮のつもりなのだろう。だからこそわしは彼を引き留めなかったし、引き留めることなんてできなかった。 

 立ち去る彼の後姿を見ながら、果たしてこれで良かったのかと自問してみたが、答えは出ずにため息が落ちて早数時間。数時間経ってもやはり答えは出なかったが、少しばかり冷たい態度を取ってしまった、と最後に見た彼の表情を思い出して胸がツキリと痛む。何事にも慣れだとか時間が解決するというが、彼もまたそれに分類されるのだろうか。取り合えず彼に態度が悪かったとだけ謝るかと腹落ちしないものを抱えて彼が歩いて行った方向へと歩みを進めたが、彼の姿は見つからず、たまたま書類提出帰りに歩いていたブルーノに声を掛けると、ジャブラに連れられて何処かへと向かっているようだった、というので、わしは少しの苛立ちも一緒に抱えてジャブラの部屋へと走った。

 そうして辿り着いたジャブラの部屋。ノックも無く扉を開いたが、彼らがいるのは部屋の奥だったこともあり、気付かれることもなく彼らの会話だけがわしの耳へと届く。

「いや、お前どうすんだよその姿。さっさとカクからキスされりゃあいいのによ。」
「気持ち悪いって思ってるかもしれない相手に、キスしてくれー!なんて言えるわけなくない?」
「そうかぁ?じゃあお前からすりゃあいいだろ」
「拒まれたらショックすぎて立ち直れない。」
「カーッ!!童貞じゃあるまいしよぉ!!!…うん?あぁ、童貞か!」

 ぎゃーっはっはっは、と笑い声をあげるジャブラ。色々とジャブラの下品かつセクハラな発言は気になるし気に食わないものの、彼らの会話から察するに、今回の状態を解くにはキスをすることが必須のようだ。何故それを言わんのだと思いはしたが、わしに言わなかったのは、わしが彼を遠ざけるような真似をしたからだろう。

「まぁなんだ、キスで戻るんならおれがしてやろうか」
「えぇ……。」
「戻らねぇとカクが嫌がるんなら一番てっとり早いだろ。」
「あぁ、まぁ、確かに……?」

 彼を男だからと遠ざけたのはわしなのに、彼は男なのに何故こんなに腹立たしく思うのだろうか。わしはゲイでもバイでもない。それでもわしの本能が酷く腹を立て、気付けばアネッタに絡むジャブラを引き剥がしていたし、それどころか○○を組み敷いて、驚いてわしの胸板を押そうと伸ばした手を掴んで草の生えた地面に押し付けて、口付けていた。

 唇の感触も、唇の隙間から漏れる声もいつもと違ったけれど、確実に匂いだけは彼女と変わらず、唇を離した時に見下ろした彼は、いつもの彼女と同じように顔を真っ赤にして金色の瞳を蕩けさせていたので無意識に口角が吊り上がり、心の奥深くで芽生えた新しい感情に、わしは熱い吐息を落として笑った。

「……男なんて、と思っておったが、結局は相手がお前じゃからか案外悪くないのう。」

 その後、ジャブラから「他所でしろ、クソガキ!!」と怒鳴られた事は言うまでもないが、人のものに手を出そうとしたのだから、こんなことをされたって仕方が無いじゃろうに。