子供の日に二人で

 はてさて困った。まさか子供と二人きりになるなんて。
 事の始まりは昨夜のこと。明日は子供の日だから一緒に遊びに行こうと言っていたアネッタが、急な任務で呼び出される事になった。だがしかし、いくら理由があろうとも政府の犬に拒否権は無い。
 そうして急遽息子と二人きりで遊ぶことになったのだが、思い返してみれば息子と二人きりで遊ぶのは、もう数年ぶりになる。よってお互いに二人きりである環境がどうにも慣れず、チビは暫く父の顔を見つめたかと思うと、「とうさん、パンケーキでも作ろうか?」と尋ねる。やれやれ、仕方ない。たまには遊んでやるかとでも言いたげな声色だ。
しかし、尻の方からずるりと伸びた竜の尾が揺れている。カクはそんな息子が可愛くて仕方が無い。彼は幼い頃の自分に瓜二つなチビに尋ねながら、こめかみにそびえる角を避けて頭を撫でた。

「わはは……そりゃあいい考えじゃのう。じゃが、作り方は分かるのか?」
「あったりまえじゃ!ワシャいつもかあさんの手伝いをしとるからな!」
「ほー……頼もしい限りじゃのう。それじゃあ今日は、お主がわしの先生じゃな」
「せんせい?」
「あぁ、パンケーキ作りのな」

 その瞬間、感情を真っ直ぐに反映させた瞳がきらりと光る。己も小さい時はこうやって真っ直ぐだったのだろうか。思い出せないが、自分に瓜二つの子供が笑うとどうにも腹がこそばゆくていけない。カクは共にしてキッチンへと向かい、壁にかけた子供用のエプロンを取る。此方が言わずとも万歳をするのは、彼の言うとおりお手伝いを当たり前のようにやっているのだろう。小さな頭に首元の輪っかを通して、あとは後ろの方でリボンむすびをして留めてやると、チビは壁にあるもう一枚のエプロンを指した。

「とうさんもエプロンせんといかんぞ!エプロンをせんとばっちくなってしまうからのう」

 チビ先生が何かと煩いので、自分は大人用のエプロンを取って首に通してみるが、普段はアネッタが着ているものだ。柑橘類の絵が描かれたそれは少々、いや、かなり派手な色合いをしており、どうにも似合っている気がしない。しかし今日の先生は外すことを許さない。チビは後ろに回ると、カクを真似るように紐を取ってぎゅっと固結びを施した。

「なぁ、これじゃと脱げんのでは」
「料理中に脱げたら大変じゃから、それでいいんじゃ!」

 まぁ、確かに、ごもっともな意見である。

「そんなことよりも、とうさん、はよう作ろう!」
「完成が夜になってしまう!」

 急かす彼はどこかワクワクとしている。十中八九楽しくなってきたのだと思うが、元気っ子を好きにさせては後が怖い。よってカクは後を追い、冷蔵庫と食糧庫からそれぞれパンケーキ作りに必要なバターと牛乳、それに卵と粉を集めてテーブルに集めると、チビは別にボウルとヘラを手にテーブルへと乗せて、踏み台に乗ってからカクを見た。

「よし、とうさん全部そろったか?」
「あぁ、卵にバター、それに牛乳と粉があればええんじゃろ?」
「そうじゃ!じゃあ、これよりわしが先生をしてパンケーキをつくる!卵はわしがとくいじゃから、わしがわってやろうと思う」
「そりゃあ、ありがたいのう」

 言って、チビが卵を取って、机の上でコンコンと打つ。それからボウルの上で割れ目に親指を添えるが、どうにもこうにも力が強かったらしい。割り入れる前にパキョ、と小さく音が経ったかと思うと潰れるように割れてしまい、ボウルに落ちた殻だらけの卵を見たチビは「こ、こんな日もある」と言って、せっせと殻を取って証拠隠滅をすると二つ目の卵を割り入れた。

 ぱきょ。
 今度は成功だ。

「どうじゃ!ワシャたまごをわれる!」
「一つ目は?」
「あれはれんしゅうじゃ!」
「ほー」

 全く愛らしいこと。カクは息を落とした後、指示通りに卵を混ぜ、パンケーキに必要な粉を数種入れる。それから少量の牛乳を入れて、粉っぽさがなくなりとろりとするまで丁寧にヘラで混ぜた後には、フライパンでバターを溶かして出来上がったタネを流しいれるのだが、チビにとって焼く作業こそ普段の成果が見える場所だと理解しているようだ。彼は踏み台を近くまで持ってくると、またもや「わしがやる!」と言いだした。

「先生がやるんか?」
「そうじゃ!わしがうまいところをみせてやるから、とうさんはそのつぎにやくんじゃ」

 お手本はだいじじゃからな。そう言って、踏み台に乗ったチビはボウルにおたまを沈めて一杯分取ると、ゆっくりとフライパンへと向ける。

「まんなかに…ゆっくり……そーっと……」

 小さく教えを呟きながら、とろりと中央に落ちるタネは真ん丸に広がって形を作る。それを見て、彼は目を輝かせて「うまくできた!」と声を弾ませた後には、えらく誇らしげな顔で胸を張って声を弾ませた。

「どうじゃ。うまいもんじゃろ!先生はなんでもできるんじゃ!」
「ははぁ、確かにうまいのう……いっぱい練習したんじゃな」
「そうじゃ!いつもかあさんと作っとるからな!」

 いやいや期には「いやじゃー!」と地面に這って、尻尾をビタンビタンと打っていたチビが、出来る事を増やして誇らしげにしている。それがどうにも微笑ましくて仕方が無い。カクは少しばかりじわりとインクが滲み広がるように生まれた感情を噛みしめたあと、少しの沈黙を経て尋ねた。

「……ちなみにひっくり返すのはできるんか?」
「え?あ、う……そ、それは…」
「じゃあ、父さんと一緒にやるか?」
「やる!一緒にならできるかもしれん!」

 嬉しそうに笑むチビが、フライ返しが必要だと指示を出す。カクは指示通りに動いてチビの後ろへと立ち、ふつふつと膨らみはじめたパンケーキを見てフライ返しを握らせるが、今度は任せきりではない。今度は一緒にやるために手を包み込むようにして持ち手を持って、ともにパンケーキの下に差し込んで少しばかり持ち上げるようにして捲ってみるが、どうにも焼け具合が均一ではないように思う。
 その時、パンケーキを作るアネッタが焼く前に熱したフライパンを濡れ布巾につけていたことを思い出し、あれが綺麗に焼く秘訣だったのかと思い出したが、まぁ、後の祭りだ。よってカクは水を差すような真似はせずに、まじまじとパンケーキを見つめる息子に向けて「ほれ、じゃあゆっくりもちあげるぞ。手首を返すように傾けるだけでいい」と言いながらパンケーキを持ち上げると、「せーの」と声を揃えて手首を返した。

 そうして出来上がった数枚のパンケーキ。次に作ったものは事前に濡れ布巾を使ってきちんと熱を均一に広めたので、綺麗な色のパンケーキが出来上がったと思う。その出来上がりにはチビも大喜びで、皿に移してやると意気揚々とバターを乗せ、「これはいっぱいかけたほうがおいしい」とか何とか言いながら、はちみつをたっぷりかけていた。

「とうさん」
「うん?」
「たのしいのう!」
「わはは……そうじゃのう、楽しいのう」

 にこにこと嬉しそうに笑うチビにつられ、カクは頬を緩める。ああ、これが幸福というものか。彼女と二人でいるときとはまた違う、なんだか心が温かくて満たされるような感覚。それがどうしようもなく愛おしく、カクは両手で皿を持つチビの頭を撫でると「よし、じゃあ一緒に食べようか」と白い歯を見せて笑った。