天然パーマはやっぱり雨の日に爆発する

 セントポプラを出航して二週間が立った。その間は晴れの日があれば、当然雨の日もあるわけで、しとしとと雨が降るなか、海軍船は次の目的地に向かっていた。

 航路を考えると、次の街に到着するのは二日後だろうか。
 そんなことを考えながら、当番の掃除を終えて廊下を歩いていると、「ぎゃーはっはっはっは!!アネ、アネッタ、おま、お前……っひ、…なんだその頭は…!」と船内にジャブラの笑い声が響く。会話の内容からろくでもない会話だというのは分かったが、一体何を盛り上がっているのだと響く声を辿って食堂に入ると、ジャブラが腹を抱えてげらげらと笑っており、その隣では、アネッタがわなわなと肩を震わせて、尻から伸びる尻尾をしたんしたんと床に打ちつけながら激怒していた。

「もおおおお、毎回言ってるけど!雨の日は!!湿気で!!!こうなるの!!!!」

見れば、アネッタの髪は爆発していた。いや、正しく言うと爆発したように広がっていた。恐らくは雨による湿気のせいだと思うのだが、天然パーマ由来のウェーブがかった髪は、いつもと違ってストレートに下ろしているというのに、二倍近く毛量が増えたのではと錯覚するほど横に広がりを見せており、ジャブラはそれをわざわざ立ちあがって、しかも目の前でじろじろと見ては、ぷっと唇を尖らせて噴き出し「ぎゃーーーはっはっはっはっは!おれはそうはならねぇけどなぁ!」と笑い飛ばすではないか。
 なんて大人気ないんだ。アネッタが怒るのも当然だ。なんせ、傍から見ても小馬鹿にしているようにしか見えないのだから。

「な…っあ…?!う、う、うるせー!!!」

 アネッタがわなわなと肩を震わせたまま、口悪く、それこそ小さな子供のように言い返す。ああ、完全に頭に血が上っている。そろそろ止めてやらんと殴り合いの喧嘩になりそうだと近付くも、わしが彼女を止める前に、近くにいたルッチが「うるさいのはお前だ」といって制裁を落とし、アネッタが「ぎゃんっ!」と声を上げた。

「い、いたぁい………!な、なんで私だけ……?!」

 アネッタは頭を抑えながら、ルッチを睨む。しかし、すぐにあの鋭い眼光で睨み返されると、「……くう………」と言って、尻尾を自分の足に巻き付けながら小さくなっていた。なんとなく、それが不憫に思えて「アネッタ」と声を掛けてやると、しおしおになっていたアネッタがダーッと此方に駆け寄って、思い切り抱き着いてきた。

 アネッタとしても色々腹落ちしていないのだろう。「ジャブラが」「髪が」「馬鹿に!!」「でもルッチが」「拳骨を」と怒りが冷めやらぬ様子で、まとまりのない言葉を上げるので、表面上は「こらジャブラ、アネッタを虐めるんじゃない」と言っておく。

 それから、掃除をしている最中に拾って、会った時にでも渡そうと思って手首に通していた彼女の髪ゴムの存在を思い出して、彼女の首に手を差し込んでそのまま項をするりと撫でてから、髪をいつものように少し高い位置で一つに結ってやると「ほれ、結んだほうが少しはマシなんじゃないか」と言ったのだが、アネッタは「あ、や、」と露骨に慌てた素振りを見せた。
 それがあんまりにも不思議だったので、一体何を慌てているのだと、そう首を傾げた瞬間、ばつん!という音と共にゴムが弾けて、勢いよく髪がもさりと広がった。

「な………」
「結んでない理由はね………いまの状態で結ぶとこうなるんです………」

 しおしおと、悲しみの顔で零すアネッタ。それを見て、「ぎゃーーーーーはっはっはっは!いいぞォ、アネッタァ!!一発芸じゃねーか!!!」と大笑いをかますジャブラ。ああもう、折角怒りが収まっていたというのに余計なことをしてくれる。取り合えず、怒り狂ったアネッタが飛びつかないよう脇下に腕を差し込んで、羽交い絞めにしながら「よさんかジャブラ!」と叱ったが、アネッタは髪の毛を逆立てながら怒り狂っていたし、ジャブラは大人気なく笑い続けていた。


 やがて、ジャブラや他の者も食堂を出て二人きりになると、ようやく落ち着いたらしいアネッタが「……カクも昔は癖毛仲間だったのになぁ…」と言いながらわしの後頭部に手を回して、ちょりちょりと短く刈った髪の毛を撫でる。それが妙にこそばゆくて少しばかり顔を背けながら、「…残念ながら、いまは短く刈っとるからのう」と零すと、アネッタは唇を尖らせながら手を引いて、代わりに自分の髪をまふまふと触る。

 そんなに気にする事かと思うのが正直なところではあるが、あれだけ小馬鹿にされてしまっては、気にしない方が難しいか。

 大きくため息を吐きだすアネッタをどう慰めたものかと、取り合えずまふまふと触れている頭に手のひらを乗せて、右に流して左に流して。つまりは頭を緩々と撫でてみたのだが、アネッタはわしの手を見上げたかと思うと、「私もカクみたいに刈っちゃおうかな」と冗談とも本気とも取れる声色で零した。

「ん?!」
「カクみたいに短くちょりちょりにしちゃってさ、…お揃いにする?」
「そ、…れはやめたほうがいいんじゃないか」
「そう?」
「そうじゃろ」
「そうかなぁ……案外似合うかもよ」
「わしは……今の髪型でいいと思うがのう」

 まぁ、本気でそうしたいのであれば止めはしないが、折角此処まで伸ばしたのだ。それをあの大人気ないジャブラの言葉で止めてしまうのは勿体ないというもの。手を伸ばして緩々と撫でていた手のひらを下ろして、そのまま髪を掬って指先にくるくると絡めながら「わしゃこの髪型も好きじゃけどな」と伝えると、アネッタはしぱしぱと瞬きを繰り返して「これ見てよくそんなことが言えるなぁ」とどこか照れくさそうに笑うのだった。