子供が生まれて六年が経った。あれだけ世界政府総出で子供を待望していたにも関わらず、子どもが生まれてからも仕事量が減る事は無く、日頃の育児は殆ど妻一人に任せる事になっていた。しかし、大変な瞬間に立ち会っていないせいなのか、それとも自分が思うよりも子供が好きだったのか、一週間、一カ月、数か月と会う度に大きくなる我が子はどうしたって可愛いもので、仕事を終えて大きなゾウのぬいぐるみと、それから花束を手にして丘の上にある草原にやってきたわしは、レジャーシートのもとへと歩み寄る。
「すまん、待たせてしもうたのう」
そこには、小風を受けて小麦色の髪をふわふわと揺らす妻と、幼い頃の自分に瓜二つな息子がふたり仲良く座っていた。まずはアネッタの額へと口付けて、花束を渡しながら「ただいま」と零すと、彼女は嬉しそうに笑む。寿命が数千年とあるせいか、数年前から成長の止まった彼女は未だに若々しく、きちんと時を刻んだ三十代の自分と比べると随分と幼く見える。まぁ、それはそれで可愛らしいので大した問題ではないが。
続いて、「ほら、お父さん帰ってきたよ」と背中をぽんと叩かれる息子を見る。
幼い頃の自分と瓜二つながらも彼女と同じ角と、それから八重歯を引き継いだ息子は久しぶりに会うせいか人見知りになってしまったらしい。彼はアネッタの傍で暫くもじもじとしていたが、隣に座って「ほれ、おいで」と両手を広げて見せると、「父さん」と短く言って胸の中へと飛び込んできた。
「おお、…また大きくなったのう……力も強くなったんじゃないか」
「あったりまえじゃ!わしは母さんのこともまもるんじゃから!」
「わはは…そりゃあ頼もしいのう!流石はわしの息子じゃ!」
小さな身体に紅葉のような小さな手。これぐらいの年齢であれば、毎日両親と顔を合わせて遊びたいだろうに、随分と無理をさせているように思う。
いつだったか、一週間ほどの休みが終わって仕事へと向かう日。その日の息子は朝から機嫌が悪く、普段は転んでも泣かない彼がポロポロと涙を流ながら袖を掴んでいたことがあった。あの日と比べて彼は随分と大きくなった。それでもあの日と同じように口を噤んでぎゅっと抱きしめる息子を見ると、「すまんのう、帰りが遅くなってしもうた」そう謝りながら抱きしめ返すことしかできなかった。
「父さんはいっつもかえりがおそいんじゃ…」
「そうじゃのう、すまんな」
「……うん……」
「ああ、そうじゃ、お詫びと言ってはなんじゃが、お前にお土産を買ってきたんじゃ。この間帰った時にキリンよりもゾウの方が好きじゃと言っておったじゃろう?じゃからゾウのぬいぐるみを買ってきたんじゃが……」
そう言って差し出した大きなゾウのぬいぐるみ。てっきり大喜びするかと思ったのに、彼はどんぐり目をしぱしぱと瞬かせている。
「ゾウ?……キリンは……?」
「え」
嬉しそうな反面、どこか不満そうな顔を見せる息子。思わずアネッタに助けを求めると、彼女は持ってきたお弁当を広げながら「ゾウも好きだけど、大好きなお父さんと同じキリンも好きだから複雑なんだよね~」と他人事のように笑っていた。
「ゾウも好きじゃけど…でもキリンも好きじゃ………」
「お、おおう……」
「…キ、キリンも……キリンも……ひ…ひ……っ」
「おわ!そ、そうじゃ、このあと弁当を食べたらキリンを買いに行こう!な!」
「ほ、本当か……?」
「勿論じゃ!男に二言はない。どうせ暫くは休みじゃしな、なんでも買ってやろう」
「なんでもは困るからやめてね~」
「ぐぬ……まぁ、なんでもはいかんらしいから、キリンを買おう。な?」
いやはや、全く。本当に子供という奴は厄介で、人を丸くしてしまっていけない。なのに、どうにもこの穏やかな日常というやつが、たまらなく愛おしく、幸せで仕方がない。
すっかりと機嫌をよくした息子はトスンとわしの膝の上に座る。
「これはわしがつくったんじゃ!」
そう言ってお弁当箱から取ったのはお世辞にも綺麗とも言えないまあるいおむすびではあったが、「父さん、あーん」と口へと運んでもらったそれがまた絶品であった。不格好で、塩味だって強い。なのに絶品に思えるのは愛情のなせる技なのだろうか。その瞬間、ぼんやりと、この二人には一生敵わないかもしれないもないと思ったが、それを言うのはなんだか悔しいので、内緒にしとこうとおもう。