超名門!CP学園野球部

 おうおう……随分と酷い試合じゃのう
 何十年と甲子園出場が続く名門校のサイファーポール学園が、甲子園に繋がる大事な公式戦で負けている。相手はこれまで甲子園に出場したことすらない無名校で、点差は五対十。……誰がどうみても大敗を予感させる展開だ。当然、これをベンチで眺める者の眼差しは厳しい。
 七回裏の五対十。残す逆転のチャンスは二回ほど。この状況にはもはや怒りよりも乾いた笑いが落ちるが、試合を動かすには丁度良い頃合いだろう。眉間に深い皺を刻んだ監督・スパンダムは、後ろに控える一軍の面々に声を掛けた。

「……分かってるだろうが、おれたちに負けは許されねぇ。残りの二回分でひっくり返せるな」

 審判の「チェンジ!」という声が響くと、一軍がベンチから姿を現した。このタイミングでの交代に観客や相手チームは驚いた様子を見せるが、彼らはまるで意に介さず、それぞれのポジションにつく。
 外野にはクマドリ、ジェリー、フクロウが配置され、サードとショートにはジャブラとカク。セカンドにはネロが入り、ファーストには紅一点のカリファが立つ。そして最後に、このCP学園の頂点に君臨し、十番を背負うロブ・ルッチと、その相棒で捕手のブルーノが立った。
 彼らは大差が開いた状況にもかかわらず、不気味なほど冷静だった。それどころか、サードとショートで距離の近いジャブラとカクは、グローブで口元を隠しながら敵方監督のハンドサインについてひそひそと話している。

「ありゃあ、鼻が起点じゃな。」
「まさか、この場面で鼻を起点にするとはな……。」
「なんじゃと!」

 そのやりとりはまるで他愛のない雑談のようで、緊張感の欠片もない。ジャブラはさりげなく背後を守る仲間に向けてハンドサインを送り、次の狙いどころを示した。もっとも、正投手を前にしてそれが必要ではなかったようだが。
一人目の打者はあっけなく三振に倒れた。二人目も苦し紛れに放った打球をショートのカクが軽やかにジャンピングスローでさばいて、その送球をファーストのカリファが大きく開脚しながら受け取ってツーアウト。
 その一連の動きは、これまでの試合で見ていたものとはまるで違っていた。もしかしたら、自分たちだって甲子園に行けるかもしれない――そんな淡い期待を抱いた瞬間、目の前の光景がその希望をかき消す。彼らの動きには、得体の知れない恐怖を感じさせる何かがあった。

「……ここまで来たんだ。おれたちが……おれたちが優勝して……!」

 ツーアウトの場面でバッターボックスに立ったのは、背番号十番のキャプテンだった。奇しくも十番同士のキャプテン対決となったが、彼がバッターボックスに足を踏み入れた瞬間、全身を走る緊張感に体が強張るのを感じた。
 ……違う。全然違う。今までの試合とはまるで別物だ。圧倒的な重圧に押しつぶされそうになり、一球目の剛速球に手を出すこともできず、ただ見逃してしまう。観客がどよめき、電光掲示板には百五十キロの数字が映し出される。近くにいるはずの審判が告げた「ストライク」の声も遠くに聞こえ、そのとき頭をよぎるのはたった一つの言葉であった。

 あ、勝てない……。

 いや、違う。ここで諦めてたまるものか。いまはまだ、五点ものリードがある。たとえ相手が満塁ホームランを打ったとしても、まだ取り返せない点差だ――その思いが彼の背中を押して勢いのまま振り抜いたスイングがバットの外端に当たり、サードへ向かう鋭いライナーとなる。
 それはまるでサードを守るジャブラの顔面を狙ったかのように一直線に飛んでいき、投げられた球よりも速く感じられるほどのボールだったが、目が肥えているジャブラが怯む事は無い。黒いグローブが乾いた音を響かせ、難なくボールを受け止める。

「ア……アウト!!スリーアウト、チェンジ!」

 あっという間に、十分足らずでチェンジになってしまった。

「よよォい、やっぱりおれたちのところにはこねェなァ~」
「チャパパ……ルッチが塁に出すことを許すはずがないぞー」
「もっと遊ばせてほしいのう」
「あら、わざわざジャンピングスローなんてして楽しそうだったじゃない」

 軽口を叩く彼らの表情は余裕そのもので、次は一番からだと促されたカクは後輩から渡されたヘルメットと金色のバットを受け取って、バッターボックスへと立つ。……さて、これからどうしてくれようか。塁に出ることが当然として少しくらい遊びたい気持ちもある。
 バットの先端でホームベースの端をコンコンと叩いて、帽子の唾を触ってから構える。これは単なるルーティン的なもので、手始めに一球目を見逃して様子を見たものの、後ろの方から聞こえる野次の煩さと言ったら。

「おいカク!一発目からいけよ!!」

 ……ジャブラのやつ、好き勝手いいおって。
 まぁしかし、投げられた球の速度はせいぜい百四十程度。多少の速さはあるが、日頃から設備の整った環境で練習に明け暮れるカクにとっては丁度良い速度だ。よって、二球目がどストレートのど真ん中にやってくれば彼のバッドは芯を打って、ショートとサードの合間を狙い撃つ。
 続く二番のカリファも、唯一の紅一点であることや、出塁したカクを進塁させる要員だろうと二番手に多いバントを予測して、守備者が前に出る。予想通りカリファはバントの構えを向けるが、当然それ通りにしてやることはつまらない。カリファは投手が構えてボールを投げた瞬間に構えを解いて、もう一度普通に構えてボールを迎え撃つ。――スクイズだ。
 敵方も、まさかこのタイミングでスクイズが来るとは思ってもいなかったようで、前に構えた彼らよりも前に打ち込んだ球はぽーんと飛び上がった彼よりも高く上がって頭上を抜いて、その間にカクとカリファは出塁。

「もっとセンター超えを狙うべきだったかしら」

 小さな声で聞こえる軽口に、ファーストはぞっと背中を震わせた。

 さて、続く三番のジャブラには声援が向けられていた。

「おおい、ジャブラ!わしらを塁に出すだけでええぞ!」

 うるせえな!!思いはすれど審判から警告を出されるのも厄介なので、睨むに留めたジャブラはバッターボックスに立って、バッドを真っ直ぐに投手へと向ける。いわゆる、ホームラン予告だ。そして予告の通り、彼もまたアッサリと打ち返すがホームランとはならず。ファーストコーチャーが「チャパパ……ホームランじゃなかったな~」と余計なことをいって笑い、ジャブラがウグと口を噤んだ。
 続いて四番エースはロブ・ルッチであった。三番のジャブラはファーストで「なんでおれじゃなくてアイツが四番なんだ」と恨み節を吐いていたが、その理由を結果で示すのだからタチが悪い。満塁状態でのホームラン。それも一球目を的確に芯で打った白球は青空に飛んで、観客席に置かれたラジオからは「打ちました、四番ロブ・ルッチ……!白球は青空へ、満塁ホームランでCL学園が一点差まで追いつきました――」と弾む実況中継が流れていた。
 ノーアウト、四失点。投手からすれば心が折れるような状況だ。しかし、その反面で四失点したことで塁には誰もいなくなった。それに恐れる四番エースは終わって、あとは五番以降でこのあとは打率などが低くなる筈。気持ちを切り替えるには良いタイミングだと投手でありキャプテンである十番の男は、仲間たちに向けて「切り替えよう!これからだ!!」と声を掛けるが、次のバッターボックスに立った男の威圧感ときたら。

「…………」

 五番、キャッチャー・ブルーノ。その冷たい眼差しは投手の圧になる。
 ああ、キャッチャーがバッターボックスに立つと、嫌になる。キャッチャーはその経験から投手の心理を読むことにたけている。加えて、耳で拾う細かな砂の音はキャッチャーの位置を予測させ、それからはじき出した答えはボールを芯で打つ。
 甲高い金属音と共に投手の帽子を霞めるようにして放たれた球は、あっさりと、そりゃあもうあっさりと電光掲示板を叩いて、投手は膝から崩れ落ちた。


 CP学園、甲子園出場。その第一報は瞬く間に広がって、それを得意げに受けるスパンダムは実に上機嫌であった。流石はおれの教え子たちだと言う言葉は弾んでおり、それを呆れた様子で見る選手たちは息を落とすが、……まぁ、喜ばしいことではあるか。

「甲子園楽しみじゃのう、一戦目はどこになるのか……」
「フン……どこであろうとおれたちが負けることはねェ」
「ギャハハハ……!そりゃそうだ」

 片付けを終えて、エナメルバックを肩にかける男たちがバスへと向かう。途中で甲子園出場が叶わなかった男たちが前に立ち「おれたちの代わりに頑張ってくれよな」と行って握手を求めて手を差し出すものの……いったいなぜ負けた奴を背負わなければならないのか。

「お涙頂戴なんて今時流行らんぞ」

 カクが言い、ジャブラがギャハハと笑う。ルッチやブルーノに至っては一瞥もくれずに学園バスに乗り込んで、差し出した手が虚しく残り続けた。