秘密の効果

 グアンハオにある塔内一室にて、五百ベリー硬貨を見つけた。場所は敷布団を捲った先で、枚数はおよそ三枚。それらは最近貰ったものなのか、はたまた大事に磨いているのか、随分と状態が良いように見える。場所的にへそくりなのだと思うが、此処で疑問が出るのは、この部屋の持ち主であるアネッタには収入源が無い事だ。

 なんせグアンハオには娯楽施設が無い。それに幼い彼女は島内を出る事は無いし、ましてや給与が発生するような任務にも出たことが無い。

 であればこの硬貨は一体どこから手に入れたものなのか。

 性格的に盗みを働くような悪知恵の働くタイプでは無いと思っているが、であれば余計に硬貨を隠し持っているのは不自然だ。そこで、お手洗いから戻ってきたアネッタに向けて「これは一体なんじゃ」と硬貨を手に尋ねると、アネッタの顔が分かりやすくサアっと青くなり、持っていたハンカチを足元に落とした。

「あ、わぁ!駄目!!」

 アネッタが両手を広げて此方へと近付いてくる。

 目的は硬貨の奪取だろう。伸ばした手を避けるとアネッタは「駄目」だとか「返して」だとかワアワア言っていたが、答えも返ってきていないのに返すはずもあるまいて。カクはワアワアと喚くアネッタに「わしの質問に答えろ」と一蹴すると、彼女は「う」と言葉を詰まらせて瞳を泳がせる。
 なんとも分かりやすい奴だと思ったが、素直に答えないあたり矢張り何かあるらしい。
 暫く彼女から答えが出るのを待っていたが、一秒、二秒と立っても答えは出ず、代わりに「返して…」と小さな声が言って、袖を引く。

「別に返さんとは言ってないじゃろう」
「んん……」

 言葉を濁らせる様子を見て、カクは息を落とす。いつもは聞いてもいないことをぴーちくぱーちくと言うくせに、やけに言葉を濁らせるではないか。

もちろん、彼女が盗んだとは思ってはいない。だが、日頃隠し事が出来ないアネッタが此処まで言葉を濁らせるのだから、違うだろうと分かっていても窃盗疑惑が膨らんでしまうわけで、「盗んだわけじゃないんじゃろう」と尋ねると、アネッタは一つ頷きを返す。

 となれば、一体どこから手に入れたのか。

十ベリー程度であればジャブラがポケットに残っていたものをくれる時があるが、わざわざ買い物もしないようなアネッタに五百ベリーを渡すようには思えない。何より、自分相手に黙っていることが妙に腹立たしく、カクはアネッタの手を取ってベッドの上に押し倒すと、動揺に染まった声がカクを見上げた。

「か、く?」
「……わしにも話してくれんのか?」
「……それ、は」
「悲しいのう、わしはお前に隠し事なぞしとらんというのに」
「…!」

 まぁ、勿論それは嘘だが、目の前にいる彼女が罪悪感を持つようにしおらしく言ってみる。すると、目論見通り、大いに慌てた様子を見せる彼女は「あの、その、えっと」と狼狽えて、悲しませるつもりじゃと咄嗟に手を此方に向ける。――ので、其れをとって、そのままもう一度柔らかな敷き布団に押し付ける。だって今ほしいのは慰める手ではなく、答えなのだから。

「……アネッタ、この硬貨は一体どうしたんじゃ?」

 仕上げにしおらしく尋ねる。すると、アネッタはいよいよ逃げられなくなったことで観念したのだろう。随分と長い間を置くと、少しばかり気まずそうに「もらった……」と零した。

「……一体誰に?」
「………クザンさん」
「……奴がどうしてお前に?」
「これで好きなものを買ったらって」
「ほう」

 クザン。青雉、クザン。奴の事はよく知っている。
 奴は、アネッタの持病である”竜の暴走熱”を起こした時に、熱を抑える要員として派遣される男だ。成程。確かに奴は彼女のことをよく気にかけている。だから善人ぶってちょっとしたお小遣いの気持ちで硬貨を渡したのも理解出来るが、ならば何故隠す必要があるのか。

 金額自体は低いが、まだこれで外に出ることを夢見ているのだろうか。こんなお金じゃこれで外に出ることは不可能だが、彼女はまだ、外で買い物をしたことがない。だから、どれだけのお金で何が出来るのかを知らない彼女が、外を夢見る可能性はあるだろうし、ともすればリスクヘッジとして内緒にしていたのも頷ける。

 もしも自分の推測が合っているとするならば、もう一度――彼女が脱走を試みた時のように躾と称して腹に風穴を開ける必要があるかもしれない。カクは瞳を細めながらも、約束通り押し付けた彼女の手に硬貨を乗せて、それと一緒に彼女の手の平を握り込むと、優しい顔で隠し事を掘り下げていく。

「じゃあ、どうしてわしに内緒に?」
「それは……」
「それは?」
「……」

 視線が横に反れて、泳ぐ。
 それを見て、ついつい抑え込む手に力がこもるのはご愛嬌としたい。

「アネッタ、隠し事はせんと約束したじゃろう?」
「……、……」
「アネ」
「……」
「……アーネ」
「んんん、……これで…カクにプレゼント買おうと思ってたから……」

 観念した彼女から零れ落ちた言葉は予想外のものであった。

「うん?」

 思わず、カクが聞き返す。

「え?」
「……わしに?」
「うん……だってあと数か月したらカクの誕生日でしょ?」
「あぁ……、……」

 つまりは、あの男――クザンから渡されたお小遣いを溜めてプレゼント代に宛てようとしていたと。その瞬間、安堵するやら、罪悪感で胸が痛くなるやら。なんだか途端に力が抜けてしまって、下に押し倒した彼女の上に圧し掛かって息を吐き出すと、何も分かっていないアネッタは「ぐえー、苦しいよ!」と言いながらじたじたとひっくり返った毛虫のように手足を動かしていた。


「カクが好きな船の模型買うからね!」
「……気持ちは嬉しいが、流石にこのお金では買えんぞ」
「え?!買えないの?!」

 結局、硬貨は敷き布団の下に。今度お詫びとして、此処にいくらかの硬貨を忍ばせておこうかと思う。