朝の話(ボガード)

 ―――キン。鯉口と鞘がぶつかって鳴った、高い金属音で目が覚めた。重たい瞼を擦り、窓から差し込むくさびの光を追って視線を音の方へと向けると、ハットスタンド前に立つ中折れ帽を目深に被った男の姿を捉えた。

 どうやら、この男――ボガードはこれから部屋を出るつもりらしい。背負うには随分と重い、正義と書かれた白いコートを羽織りながら、固くへの字に結んだ口を解いて「起こしたか」と尋ねた。

「いえ…たまたまですよ」
「そうか」
「もう行くんですか」
「あぁ」
「そうですか」

 二人の会話は、実に面白みのないものだった。
会話の中に笑いがあるわけでも、悲しみがあるわけでもない淡泊なそれは、会話というよりも質疑応答という形が近いかもしれない。当然、質疑が終われば応答も無くなるわけで、二人の間には早々に沈黙が訪れる事になったが、ボガードは構わずに背を向けて扉へと進むと、ドアノブに手を伸ばしたところで「お気をつけて」と掛けられた言葉に動きを止めた。

「……土産は何が良い」

 ボガードは静かに問いかける。

「ボガードさんが無事でしたら、それで。」
「……欲のない奴だ」
「ふふ」
「…では、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」

 いくら払っても買えないものを欲がないと評するのであれば、一体何を求めたら欲があると言うことになるのだろう。そんな屁理屈極まりない事を頭に瞳を細めたが、一人になった部屋の中から答えが返って来る筈もなく、窓の向こうでたくさんの部下を従えて歩いていくボガードさんを見て、ひっそりと笑いを落とした。