幼馴染の彼女(OP💌/海兵兄弟)

 八百屋には二人も息子がいるから、将来は安泰だと言われていた。八百屋を継ぐのは生真面目な兄か、要領の良い弟か。家業だから、当然どちらかが継ぐものだと思っていた。きっと、要領の良い弟すらも兄が継ぐものだと思っていたと思う。
 だから、家業を継ぐ気は無いと兄が宣言したとき、私と弟は声を揃えて叫んだんだ。

「兄貴が入隊するって?!どうしてまた!」
「そうよ、今までそんなこと一度も言ってなかったじゃない」
「……別に驚くことでもないだろ。海軍に入隊すれば衣食住は担保されるし親族も何かと優遇される面もある。……将来を考えた時に、それがいいと思ったんだ」

 しかし、時の流れとは早いものであれから数年が経った。気付けば、人一倍生真面目で兄は入隊して、勝手にひとの香水を使っては「こういうのが匂わせってやつ?」と笑っていた弟なんかは、兄を追い越して昇進していた。
化粧台にある空の香水瓶が陽射しを受けてキラリと光る。あまりの懐かしさに、少し寂しくなったけれど、それを遮るように慌ただしい噂話が耳に入る。……二人が重傷を負って病院に運ばれたらしい。私は居てもたってもいられず、手にしたものを落として駆けだした。


 海軍が運営する市民病院へと訪れて、案内されたのは空きの多い大部屋だった。ふたり仲良く隣り合った病室に入ると、兄弟は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で茫然と零した。

「××……?」
「ねーちゃん……?」

 兄が言い、弟が零す。痛々しく巻かれた包帯に、吊るされて固定された足。自由の利かない状況にいちばんの重傷は足だと分かる。……だから八百屋を継げばよかったのに。彼らを見ていると、とてつもなくやるせない気持ちになる。来たばかりだと言うのに言葉は小骨のように喉に突き刺さり、それでも何か言わないといけないと思って、二つあるベッドの合間に椅子を寄せて腰を下ろす。
 二人は端に身を寄せて、包帯が巻かれた手を伸ばした。

「ちょ、ちょ、ちょねーちゃん、……××、泣くなって」
「……どうしてお前が泣くんだ、……泣くなよ」

 動揺に瞳を揺らす二人。手を伸ばしたはいいものの、どうしたらよいか分からない様子の二人は分かりやすく狼狽していたが「……本当に分からない?」。××は静かに尋ねる。

「…っあ、…アンタたちが…っじゅ、重症で、っ運ばれたって聞いて……」
「あー……いや、そうか、……そりゃそうだよな」
「おれもコイツも足をやられたんだが…ああ、でも見てのとおり生きてはいる。心配させたな」
「いや、兄貴。それは全然フォローになってねえって」

 彼ら兄弟はいわゆる幼馴染というやつで、いつだったか、昔にもこういうことがあった。あの時は一緒に森深くまで行ってしまって、暴れ猪に襲われたことがきっかけで入院することになったのだが、それでもあの時といまは違う。彼らはきっと、いいや、この先もこういうことが何度だってある筈だ。……そのたびに、自分はこうして泣いてしまうのだろうか。いっそのこと、馬鹿な事をやってくれたらよかった。そうしたら大手を振ってこの胸にある靄を払うために馬鹿と怒鳴れたのに。
 けれども、彼らは違う。馬鹿をしてこうなったわけではない。自分たちを守るためにこうなってしまったのだ。
そんな彼らをいったい誰が怒鳴れようか。

「……泣くなって」

 頬に触れる弟の手が涙を掬い、反対側にある兄の手が親指の腹で目元を拭う。その時、小さい頃にワンワンと泣いている私をどうにかして泣き止ませようと奮闘する二人のことを思い出した。あの時は兎に角変顔がばかりだったのに、いつからこんなにも優しい触れ方をするようになったのか。触れる指先から伝わる体温がこそばゆく感じる。でも、それ以上に今はどうしても愛おしく思ってしまう。

「……××、心配をかけた。……悪かった」
「おれも、心配かけてごめんな××」

 まぁ、謝ったところで八百屋に戻る気はねえけどさ。軽い調子で笑う弟が「もう泣くなって。アンタ、折角綺麗な顔してんだからさ」そう言って髪の毛を掬い王子様よろしくキスをする。生真面目に表情を曇らせたままの兄はそれでも泣きやまない様子に息を吐いたが、それは呆れではない筈だ。頬に添えた手を後ろに滑らせて頭を抱くと、少しだけ頬を擦り寄せながら耳元でひとり囁いた。

「お前が泣いてると調子が狂うんだよ、……頼むから泣き止んでくれ」
「あ、兄貴ずりいよ!」
「お前は少し黙ってろ」