要領の悪い女(OP💌/海兵弟)

 ボンボンがやれる仕事なんか無いよなァ!
 酒場の一角で聞こえる悪口に息を吐く。就業後だかなんだか知らないが、正義を背負う者が出す話題にしては品が無い。立ちあがった泡を揺らして樽ジョッキを手荒に置くと、会話を遮られた常連客たちは瞬くものの、その原因までは察すことが出来なかった。「なんだァ機嫌悪いな」そう揃えて尋ねる声が憎い。いったい誰のせいでこうなっていると思うのだ。
 愛想のないバーメイドは、ろくに返事もせず踵を返す。それからカウンターへと戻ると、「お前もうちの兄貴みてぇだな」と袖を引く乾いた笑いに、男を睨みつけた。

「何よ、八百屋の息子弟」
「その呼び方はよせよ、おれはもう役職持ちだぜ?」
「私にとっては変わらないわよ」

 言いながら空になった樽ジョッキを揺らして、次を強請る彼からグラスを奪い酒を注ぐ。その間、慣れたように「ナッツ貰うぜー」とだけ言って返事も待たずして瓶詰めしたつまみ用のナッツを皿に移すのは、彼いわく幼馴染の特権らしいがそんな特権を与えた記憶はない。ザラザラと流れ落ちるナッツに「ちょっと、入れすぎ」と手で止める。

「なんだよ、ケチ臭えな」

 そう言って肩を揺らして笑う彼はいつだって飄々として軽いが、これもまた世渡り上手の秘訣だろうか。××は息を吐き出しながら蓋を閉め、代わりにジョッキを渡すと「それで」と前置いて尋ねた。

「誰がアンタの兄貴っぽいって?」
「全部聞いてんじゃねえか」
「そりゃあ、そんなこと言われたらね。アンタもそこの海兵たちも悪口ばっかり」
「別にいいだろ、終業後だ」
「……海兵っていうのは正義のために存在するんじゃないの?」
「だからって仲良しこよしでいましょうって決まりは無えよ」

 ましてや、仲良しこよしで居られるほど生易しい世界でもない。

「それに、誰がどう言われようがお前には関係のねえ話だろ?」

 乾いた笑いと共に、軽い調子で問いかける弟。その声音は軽薄に聞こえるが、彼の言葉は意外に核心を突いている。……こういう時ばかり、彼は弁が立つ。だからこそ、今の座に居るのかもしれないが、いつもそれを聞き流して、飲み込むばかりでは悔しさが残る。
 その気持ちが顔に出たのだろうか。弟はふっと表情を緩め、こちらに視線を投げる。そして、まるでついでのようにポンッと手のひらを××の頭に置いた。

「ま、だからお前にゃ兄貴とかお似合いだと思うぜ」
「は?」
「最近結婚だとかなんとか言い寄られてるんだろ、この辺りをうろつく連中に。なら、さっさと堅物同士結婚でもすりゃあいい」

 唐突な提案に、思わず言葉が詰まった。何を根拠にそんなことを言っているのかは分からない、けれども、彼の一方的な言い草に腹が立つのは確かだった。悔しさが胸を締め付け、周りの視線がふっと逸れたその一瞬、衝動的に体が動いていた。
 彼の胸倉をぐいっと掴み、ためらいもなく唇を押しつける。

「……じゃあ、アンタが結婚してよ」

 そう言い放った瞬間、彼の表情が驚きに変わる。唖然とした顔でこちらを見つめる彼。しかし、その瞳が揺れたのは一瞬のこと。次の瞬間には、すっと視線を外し、冷静を装った声が呟く。

「だから、お前は兄貴みたいに要領が悪いって言ってんだよ」

 堅物で真面目な兄貴にしときゃ、余計な悩みも無く、幸せに暮らせたろうに……。
 その静かな言葉が、なぜか胸に響いた。低い声が耳元で囁かれて、「馬鹿な奴だな」とかすかな笑い声が近づいて腰を抱く。その光景に注目を集める事になったが、要領の良い筈の彼は離れない。それどころか野次を飛ばす同期や酒飲み仲間たちに笑みを向けると「良いだろ」と声を弾ませた。