指輪を贈ろう

 アネッタが拾い上げた小さなケースには、燦然と光輝くダイヤモンドの指輪が入っていた。玩具に思えるほど大きなダイヤモンドに、美しい彫刻が施された地金のリング。鑑定額はいかほどか。少なくとも、一介諜報員が素手で触れてはならない代物であることは分かる。
 アネッタはそれを知ってか知らでか、わしの胸元からハンカチーフを抜き取ると、ハンカチーフ越しに指輪を持ち上げた。

「ふわぁ……すっごい綺麗……」

 スクエア型にカッティングされた大振りのダイヤに、天井から吊り上がるペンダントライトの光が反射してキラキラと光る。その輝きは強く、七色のプリズムが頬を照らす様子に、彼女の金色の瞳がゆっくりと瞬いていた。

「コラコラ、勝手に取るんじゃない。というかわしのをハンカチを抜いていくんじゃない」
「だあって、手で触れるのは絶対にダメでしょ?」
「そりゃそうじゃろうけど……自分のはどうした」
「え?」
「は?」

 沈黙。そして続くは誤魔化しの笑顔。……さてはこいつ、少し前にプレゼントしてやったハンカチを失くしたな。あれだけお揃いの色がいいとか、可愛い柄が入ってる奴がいいとか何とか言っていたくせに。腹が立つので頬をつねる。

「ううう、落とひひゃうー」

 彼女の頬はやたらと柔らかくてよく伸びる。当の本人はそれらしい事を言いながら嫌がってみせていたが……まぁ、此処で落とされても困るので、手を離してやろう。唇を尖らせながら眺めていたアネッタは、フと縦長の瞳孔を大きく開きながら首を傾げた。

「んん?」
「うん?どうした」
「んー…っとぉ……コレ、内側に何か書いてある」
「内側?」

 言いながら、彼女の手首を掴んで自分が見やすいように横へと捻る。

「あだだ、カクくん捻る方向が、あだだだ」
「ちと黙っとかんか」
「り、理不尽」

 確かに、内側に何かが彫られている。しかし、自分たちの目では確認できないほどの細かさで、一見すると装飾模様にも見える。アネッタから手を離す代わりに、鑑定用に持っていた小型ルーペを取り出して指輪の内側へと向けると、わしはそこにあるものを読みあげた。

「……フム、これは確かに文字じゃな」
「やっぱりー!これはお手柄ですなぁ、それでなんて書いてあるの?」
「……汝、この指に……嵌めし時より、我が魂は汝と共に在り。……自由も平穏も……二度と無い……。……、……」
「……それって、あの、呪いの指輪では……?」

 あれだけ目を輝かせていたアネッタの声が、震えていた。美しいと思っていた指輪はすっかり恐怖の産物に。腕を伸ばして指輪を出来るだけ遠くにして「ヒイ」と小さな声を上げていたが、なぜあのたった一文でそこまで感情を揺らす事が出来るのか。まったく理解が出来ない。
「さて、どうじゃろうな」

 曖昧なことを返し。彼女が遠ざけた指輪をハンカチーフごと取り上げる。そしてそれを片手にもう片方の手で彼女の手を掬い取ったのはお遊びのつもり。揃えた指の根に、いつか絵本で見た王子様よろしくキスをすると、アネッタはえらく驚いていた。
 しかし──、

「アネッタ、指輪を受け取ってくれるか」
 そう言って指輪を彼女の細い指に向けると、途端に強張って「それっだってっ、呪いの!」とか「呪いの指輪はやだあ!」とか何とか言ってものすごく嫌がっていた。
「わははっ、初めは綺麗とかいっとった癖にのう!」
「だって呪われたくないんだもん!」

 先のとおり、これはお遊びで、世界政府が押収したものを彼女にくれてやることは出来ない。ただプロポーズじみた言葉に対して指輪が嫌であるとしか言ってないことに、彼女は気付いているだろうか。
 少しだけ心が明るくなって、ひとり笑ってると、アネッタは心底怯えた顔で後ずさっていた。