「いやいや、手編みのものなんて重いって!」
今年は編み物に挑戦してみようかな。そんな思いつきで毛糸一式を買い込んで、適当な動画を見ながら編んでいると、ドキリと心臓が跳ねる。
有料のスーパーチャットで送られてくる悩み事を聞いてくれる、雑談配信。いつもはそれを流し聞きしているだけで、有料のスーパーチャットを送ったことはない。なのに、まさかこのタイミングで手編みに関する話題が流れるとは。思わず手が止まって聞き込んでしまう。
「だってさ、手編みってその人が何十時間もかけて作るものでしょ?そんなん渡される側からしたら重いって。しかもさ、手編みって、まぁ上手い人ならいいかもしれないけど殆どは既製品に勝てなくない?」
小馬鹿にしているとは言い切れない、手間暇を考えたからこそのイチ意見。だからこそ余計に胸を刺す言葉や状況に、視線が落ちてしまう。それを無理やり視線をあげて、前髪すらも後ろに倒れるほどに顔をあげて天を仰ぐと、染みのある天井を眺めながらゆっくりと息を吐き出した。
「はー……なんてタイミングの悪い……」
どうしてこのタイミングで耳にしちゃうかな。せめて企画検討をしているときに耳にしていれば、じゃあ他のものにしようと言えたのに。もう必要な道具を買い揃えてしまったあとだ。流石にクーリングオフにようなんて気持ちはないけども、毛糸をどうにかしなければならない。
もはや雑音となった配信を止めて、別の動画にかえる。今度は可愛いわんちゃんたちの動画を集めたもので、人の会話はない。編み途中だったものを机に置くと、机の端に置いたキリンのぬいぐるみを取った。
「うーん……ぬいぐるみの服でも作ってみる……?」
ぬいぐるみの服は作ったことないけれど、作り方はたくさんネットの世界に落ちているし毛糸の消費にはうってつけなのかもしれない。
自分へのお土産で買った、つぶらな瞳をしたキリンのぬいぐるみ。そういえばこの子とはもう十年近い仲なのに、洋服のひとつや二つも着せたことがなかった。綺麗だからと取っておいた真っ赤なリボンを引き出しから取りだして、長い首の根本に飾り付けてあげると、ちょうどよく部屋を訪ねてきたカクが不思議そうに首を傾げた。
「うん?なんじゃ、随分と可愛いことしとるの」
「ふふふ、可愛いでしょ」
ただ、この回答では机に置いた編み物に疑問が持たれるか。
「このキリンちゃんに洋服でも作ってあげようかなって」
相手が疑問を抱く前に伝えると、彼は毛糸とキリンを交互に見る。
「ぬいぐるみには贅沢すぎんか」
その声は、なんとも不思議そうであった。
「え、そう?最近はぬい服っていって、ぬいぐるみに洋服着せるの流行ってるんだよ」
「ああ、鞄につけたり一緒に写真撮るやつか。……いや、それにしたって、わざわざ手編みで作るんか」
「そー、だって買うのは高いしさー」
「毛糸だって高いじゃろ」
「うぐ」
なんだなんだ、妙に突っ込むな。言葉を詰まらせながらも、彼の考えが分からない。チラリと見上げると、少しだけ拗ねたような顔が目に入って「もしかして、キリンのぬいぐるみに嫉妬してるの?」という言葉がついて出た。
「……じゃって、わしはお前に手編みのものなんてもらっておらんぞ」
「なのに、お前はこのぬいぐるみにだけ手編みの服を作るんか」
わざわざ座る私の隣に立って、ぴったりと身を寄せる。それからキリンをひょいと奪った彼は、少しだけ機嫌の悪い顔でキリンを口元に寄せて「浮気者」とキリンがいっているように口を動かした。
「え、あ、だって」
この全ては、あなたのために用意したのに?
あなたが嫌がるかもしれないからやめたというのに?
……そう言えるほど、素直にはいえずに言葉ばかりが濁る。ただ、彼の言葉も、そのいじけた眼差しもどこかこそばゆくて──それから驚くほど嬉しくて。震える心を隠して、「手編みなんて重くない?」とおどけてみせると、彼は理解が出来ないという顔でキリンを隣に置いて、編みかけの毛糸を指先で突いた。
「重いもなにも、こういうのは物が何かというよりも誰がそれをやるかじゃろ」
「誰が、それをやるか?」
「ああ。……心底惚れこんどる相手がくれるものならなんでも嬉しいってことじゃ」
まるで口説くようなその言葉。ああ、いや、交際している以上は口説くもなにもないか。真っ直ぐな眼差しは誠実で、でも、どこかにいじけたようなものも含んでいる。
「……じゃあさ」
真っ黒な瞳は何物にも混ざらない筈なのに、黒以外の色が混じっている。それがチラチラと此方を覗くたびに、真っ直ぐとはいえない愛しさが沸き上がることを彼は知らない。
私はその感情が零れ落ちないよう胸の奥底に留めて、尋ねた。
「…………カクにつくったら受け取ってくれる?」
尋ねた言葉は、おもいのほか小さかった。それでも決して聞き逃すことなく拾い上げてくれたのは、愛情あってのことか。うれしそうに頬を緩めた顔が、白い歯を見せて笑う。
「いったい何を作ってくれるんじゃ」
その言葉は優しく響いて、私は携帯を取り内緒にしていたはずの編み物レシピを見せる。そこに載っているのは外出時でも扱いやすいマフラーやニット帽で、彼はまた嬉しそうに笑うと「フフ、楽しみじゃのう」と──そう呟いた。