趙
「あれぇ、××ちゃんどうしてこんな時間に?」
人の少ない横浜中華街にて、意外な人物と鉢合った。趙さんだ。それも、上下黒色のスウェット姿で、普段と違って前髪が降りている。どことなく雰囲気が緩いその姿。声を掛けられても──ほんの一瞬だけ誰なのか分からなかった。「あ……あー!趙さんかぁ……びっくりした、いつもの姿と違うから誰だか分からなかった……」驚きのあまりに問いかけに応えずに呟くと、彼は白々しく肩を竦めた。
「なにそれ、傷つくなぁ……。俺だって毎日毎時間ああじゃないよ」「へー……、なんか新鮮ですねぇ。あ……そうだ、私はここまで朝のランニングで良く走ってまして、趙さんはどうしてこんな早くに?」「おれは朝ご飯の買い出し」「え、意外!趙さんの事だから朝ご飯はしっかり作ってるのかと」「そりゃあ作るけど、サボりたい日もあってさ」
緩い立ち話に、陽射しの下での明るい雰囲気。なんだかこのままランニングに戻るのは勿体ないような。そう思いはするのに、引き留め方が分からない。──だって、この辺りはまだ開いているお店が少ないし、何より彼と二人で食べに行ったことなんてないし。その状態で誘っても良いものか、迷惑に思われないか、少しだけ心配になったのだ。
少しだけ意識を逸らして視線を落とすと、「××ちゃん」その一言が袖を引いて、私の顔を覗き込んだ。
「ねえ、この近くに美味しいお粥が食べられる店があるんだけど、……行ってみない?」
少しだけ、いつもより柔らかい笑み。「いやぁ、そこのお粥の味をどうにかうちで出してみたいんだけど、なかなか再現できなくってさ」あくまでお願いの体にしているのは気遣いだろう。「わ、私で良ければ」前のめりに応えると、彼はフッと息を漏らすように笑った。
ハン・ジュンギ
「驚きましたよ、こんな朝早くにあなたがいるなんて」
そういえば、この辺りにある監視カメラはコミジュルの監視システムと連携しているんだっけ。辺りを見回すだけでも、視界に入る複数の監視カメラたち。いったいどれが連携して、どれがダミーなのかは分からない。しかし、だからこそ試す価値があるかもしれない。そんな行き当たりばったりの思いつきで監視カメラに身体を向けた私は、思いっきり両手を振るった。どこからどうみても、不審者だ。しかし、それが功を奏したというべきか──五分と経たずにやってきたハン・ジュンギはどこか驚いた様子で呟いた。
「わざわざこちらでアピールせずとも、連絡を頂ければ……」「だってハン君もソンヒもまだ寝てるかもしれないし、私の連絡で起こしちゃったら申し訳ないなって」
朝早くなのに乱れもなく整っている髪に、普段通り“完璧”な風貌。これだけ普段通りなのであれば、寝起きというわけではなさそうだ。……案外、夜勤交代の時間だったりして。
駆け足だったのに息すら乱していないその様子に、私はフフと笑った。
「あとは、もしかしたらハン君が見てるかもーって思ったんだ。そうしたら思ったとおりでびっくりしちゃった」「……このハン・ジュンギとあろうものが、してやられましたねぇ」「ふふ、“ハン君”に向けてやったからね」「……そうでしたか」
少しだけ細くなった瞳が、どこか喜びを滲ませる。そんな姿を見ていると、ただ挨拶をして帰るのも惜しくなってしまった。
「ねぇハン君、良かったらこのあと美味しい朝ご飯でも食べにいかない?」「……いいんですか?」「勿論、というか私が誘ったんだもん。駄目なわけないよ」
そう呟くと、彼は「いいですねぇ、私でよければ──ぜひ」そう言って、目元を和らげた。