彼女は知っている

「お姉さん可愛いね〜。良かったら俺たちと一緒に遊ばない?」

夏休み真っ只中。奇跡的に全員の休暇日が一致して、折角だからと訪れた海でへらへらと笑うナンパ男に声を掛けられたのは、海の家で焼そばやたこ焼きと言う名物料理を買った後の事。
どうやらこの男は明らかに一人分ではない焼きそばやたこ焼きが入った袋が見えていないらしい。
訝しげに男を見ながら、わざとらしく袋を揺らすと、男はしっかりと握りしめた袋を見つめ、やけに嬉しそうな表情をしながら言った。

「お、いいねぇ、俺たちと一緒に食べる?」

ナンパ男がへらへらと笑う。違う、そうじゃない。いくらなんでも鈍感すぎる回答に思わず「いや、そうじゃなくって友達と来てるから。」 と否定が口をついて出てしまった。
しかしどこまでも前向きで鈍感なナンパ男は引き下がることはない。

「友達?え、じゃあ紹介してよ。お姉さんのお友達だったら大歓迎だからさ」

何を期待しているのかよくわかる視線を胸で感じながら、いよいよ面倒になってきたぞと思案を巡らせる。こういう時に覇気を使えば事態を切り抜けやすいのかもしれないが、観光客に被害が出てしまったら大変だ。

「おお、アネッタ。此処におったか」

ふと横を見ると、そこにカクが立っていた。こちらが返答するよりも先に、持っていた焼きそばが入った袋を持ち上げたカクはナンパ男に見習ってほしいほどスマートであったが、持ち上げた袋の中身を見たカクは、訝しげな表情を浮かべた。

「…ん?随分と量が多いようじゃが、わしらの分も買ってくれたのか?」
「え、あ、うん」
「助かった。わしもちょうど腹を空かしておったんじゃ」

この間にも唐突な男の登場に放置されたナンパ男といえば、これまでのナンパ行為が無駄だったとようやく理解したようで、露骨に舌打ちをしてみせた。

「チ、なんだよ男いんのかよ。ウゼー。あーあ、まーじで時間の無駄だったわ。つーか、わしらの分ってもしかして男囲んでる?うーわビッチじゃん!」

睨まれる。並べられた言葉は私怨じみた恨み言だ。
そもそも私は初めから断っていて勘違いしたのは其方だろうに、なぜ此処まで言われなきゃならないんだろう。若干の苛立ちを覚えながらも、視線をカクに向けるとばちりと目があった。

「……、……アネッタ、日差しが強いからこれを被っとけ」

カクは自分の頭に被っている帽子を脱ぐと、静かに言いながら私の頭に帽子を被せた。こちらの返答を待たずして被せられた帽子は、思いのほか深く被せられてしまい、次に帽子の鍔を上に押し上げた頃には目の前にいたはずのナンパ男は居らず、カクが一人立っていた。

「ほれ、行くぞ」

ナンパ男なんて元からいなかったような口ぶりでカクが呟く。

「あ、うん。あっちに飲み物あったから買おうよ」
「別に構わんが…それもわしが持つのか?」
「もちろん私も手伝いますとも」
「仕方ないのう」
「あ、じゃあさ、あっちのお店でカクに何か奢るよ、何がいい?」

とかいいつつ、私はナンパ男の行方なんて愚問を投げかける事もなく、私の一挙手一投足を見る彼の眼差しに笑みを返すと、二人並んで緩やかな足取りで次のお店まで向かうのだった。