雨の日に君を探して

 本格的に雨が降ってきた。蛇口をひねったようにざあざあと落ちる雨を見ると、遠くの空がぴかぴかと二回ほど光って、数秒遅れで雷鳴が響く。
 濡れ鼠状態でバックヤードに戻ってきた男たちはタオルで頭を拭きながら「こりゃあ今日の作業はおしまいだな」とぼやいて、パウリーに早上がりするかを相談しているようだったが、その中に〇〇の姿は無く、わしは頭を傾げた。

 雷が人一倍苦手なくせに一体どこに行ったんだと壁に設置された計画表を見ると、〇〇の欄には”××海賊団 契約書受け取り”と書かれており、外出中であることが分かったわしは頭を掻いて「ん――…こりゃいかん」と呟いた。この大雨に雷だ。どこかで怯えているに違いない。
 男たちに囲まれて早上がりの交渉を受けるパウリーを捕まえて、「すまん、パウリー。〇〇を探してきても良いじゃろうか」と交渉を挟めば、先に交渉していたところを割り込んだというのにパウリー含め周りの男たちは〇〇の名前を口ずさみながら辺りを見回して、まだ戻ってきていないことに少し驚いたような表情を浮かべていた。

「〇〇はまだ戻ってきてねェのか…分かった。今日はどのみち作業出来ねえからこのまま早上がりしてくれ。アイスバーグさんにはおれから言っておく。」
「あぁ。」
「ちなみにどこにいるのか分かってるのか?」
「いや、…ただ、行きそうなところはなんとなくわかっておる」

 彼女を探すのは自分の得意分野だ。
幼馴染ともなるとそこまで分かんのか?そのような問いかけを背中で受けながらバックヤードを後にしたわしは、玄関口で傘を開いて急ぎ足で街中へと向かった。


 彼女の部屋にわしの部屋、それにお気に入りのカフェとブルーノのいる酒場。それから受取先である海辺に停泊した船を巡ったが〇〇の姿は無く、船乗りたちも確かに姿は見て書類を受け取ったがその後の姿は見ていないと首を傾げていた。

「……得意分野だと、思ったんじゃがのう」

一体彼女はどこへと行ってしまったのだろうか。白糸を張るように落ちてくる大粒の雨を傘で受け止めながら、停泊した船からほど近い橋の下倉庫の前を通ると、いまは使われていない筈の倉庫の方からドォンと扉を叩くような音が響いた。途端に胸騒ぎが全身を駆け巡り、其方へと足を進めて重厚な扉を開けば扉の前で男たちが山のように積まれて気を失っており、その先には〇〇が肩で息をしながら立っていた。

「……此処におったのか」

 状況を見てもそうだが、明らかに様子が可笑しい。外で雨に打たれたのか、ずぶ濡れの彼女の肩にわしの上着をかけてやれば、彼女は少しばかり安堵した様子を見せて胸元にレインコートで包んだ書類を抱きしめた。
 書類を守るためにレインコートで書類を守るだなんて、馬鹿な女だ。それで濡れ鼠になっているというのに、〇〇は全く気にしていないような様子でぽたぽたと髪から雫を落としている。

「…あ、……ごめん、書類、持って帰るの遅かったよね」

怖いだとか、悲しいだとか、痛いだとか。彼女の腕を見れば切り傷がありそこから血が垂れているというのに、彼女はそれよりも先に自分の仕事を優先させて謝罪を述べるので、一度切り傷を見てから扉近くの男たちの山に視線を動かして「何があったんじゃ」と問いかけた。彼女はわしの問いかけに少し言いづらそうに眼を伏せたが、まぁ、女一人に複数名の男で囲んで切り傷を作るような事をするなんて、おおかた女を囲んでお手付きしようと企んだのだろう。頭の悪い海賊なら考えそうな事だ。

「いいや、時間は大丈夫じゃ。…ああ、すまんが書類を貸してくれるか。」
「書類?」
「あぁ。」

包んだレインコートを取り除いて書類が入った封筒を取り出せば、〇〇は少しばかり不思議そうな表情を此方に向けた。まぁ、書類確認なんてわしがやる仕事じゃないので、その気持ちはわからんでもないのだが、書類へと視線を戻せばそこに記された海賊名等を眺めて、小さく息を落とす。

「〇〇、先に謝っておく。すまん。」
「え?」
「折角濡らさんようにしてくれたのに、これは取引中止じゃ。」

 そう言って彼女が言葉を返す前に取り出した書類を封筒ごと破くと、それを見ていた〇〇の瞳が大きく見開かれ、同時にいつのまにか意識を戻していた男が声を上げた。

「な、なにして……?!!!お、おま、おまえ、何やったのかわかってるのか?!」

 身なりからして、この男たちの中でも立場の偉い奴なのだろう。此方を無遠慮に指さしては酷く狼狽した様子で声を上げるので、わしは彼に見えるよう、もう一度ビリビリと音を立てながら破いてやった。

「残念じゃが、わしらガレーラカンパニーの大事な一員に手を出したんじゃ。取引中止とさせてもらう。」

 そもそも、殺されていないだけまだ感謝してほしいぐらいだという言葉は飲み込んでは、これ以上取引のない相手と時間を共にするのは面倒だと破いた書類を床に捨て、〇〇の手を引いては倉庫を出て行った。後ろの方で「じゃあおれたちの船はどうするんだ!修理しないと出向できねえんだぞ!」と怒り狂った声が聞こえたが知ったことではない。海賊のちっぽけなプライドなんざ犬に食わせて土下座でもなんでもそればいい。それで事を知ったガレーラカンパニーが許すかどうかは、分からないが。


 外は相変わらずの大雨で、丁度外に出た瞬間、遠くの方で空が光り、ごろごろと雷鳴が響いた。〇〇を見たが肩が僅かに跳ねるだけで、いつもよりも恐怖度指数が低いように見えるが、念のため「大丈夫か」と問いかけると、その瞬間金色の瞳からぼろ、と大粒の涙が零れ落ちた。ああ、やっぱり無理をしていたようだ。
 恐怖症といっても過言ではないほど雷が駄目だったのに、よくも泣かず怯えずにいれたものだと思っていたが単純に無理をしていただけなのだろう。唇を固く結んでぼろぼろと涙を零す姿はまるで小さな子供のようで、彼女の頬に手のひらを宛がい、親指の腹で涙を拭ってやったが、それでも涙は溢れるばかりでキリがない。

「相変わらず泣き虫じゃのう」

 サイファーポールに入ってもなお甘っちょろい彼女が愛おしくて、彼女を独占するように、雷から守ることを言い訳に胸元へと抱き寄せて彼女の腰に腕を回した。