「ねぇ、アンタさぁ、サボくんのなんなわけ?」
放課後に体育館裏に呼び出された私は三人組のギャルに囲まれて詰問を受けた。前々からサボくんのことは顔が整っていると思っていたが、やっぱり彼はモテるらしい。三人組はサボくんのことを好きなようでワアワアと何か言っていたようだったが、彼女たちの問いかけはどれも的外れで、そもそもサボくんとは付き合っていないこと、それと私はカクと付き合っていることを伝えると、彼女たちはああそうなんだね、と納得するわけでもなく、むしろ逆に怒り狂って私の体をドンと後ろに押し倒した。そして用意していたらしいバケツを、私の頭の上でひっくり返しては、ずぶ濡れになる私を見て表情を歪ませながら笑って、「これにこりたら少しはおとなしくしてなさいよね」とかなんとかいうのだから笑えて仕方が無かった。こんな事をする女、誰が好きになるというのだ。
「………用意周到なことで。」
ご丁寧に綺麗な水じゃなくて、多分雑巾とかを絞ったときの汚水を用意するあたり、本当に用意周到だと思う。足るを知る者は富むなんてよく言うけれど、こんなのに時間をかけて憎悪を膨らませるよりも、前向きにいたほうがよっぽど人生豊だと思う。とりあえず教科書やらノートやら、大切なものが入った鞄にかけられなくて良かったと息を落としつつ、少し離れた場所に落ちた鞄を拾い上げて砂埃を軽く払って、今日何度目かの溜息を吐き出した。
「うーん、流石にしんどいなぁ……。」
ぽたり、ぽたり、濡れた制服から雫が落ちる。濡れた制服が肌にはりつく感覚も不快だし、足元に出来た水たまりが上履きを濡らして泥色に染めるのも不快だ。とりあえず鞄を肩にかけて、ポニーテールに結んだ髪と、スカートをそれぞれぎゅうっと絞って余分な水を落とした私は、保健室で着替えを借りるために体育館裏を出たのだが、そこに丁度体育館で部活に勤しんでいた生徒たちと鉢合わせしてしまって私たちはお互いに固まってしまった。
ただ、生徒たちは突然校舎裏から現れた私の姿を見てぎょっとすることはあっても、わざわざ見え透いたトラブルに首を突っ込むほどの気概はないようで「なあ、なんで濡れてるんだ?」「うわ、胸透けてる」「ラッキーいいもん見た」なんて心無い言葉を話しては、下心を孕ませた眼差しを向けるので、私はより惨めさを感じながら鞄を抱きしめるようにして胸元を隠すと踵を返すようにして、保健室へ向かった。
そんな時に廊下で声をかけてきたのは。サボくんとカクだった。妙な組み合わせだと思ったが二人は私の姿を見るや否やぎょっとした顔を見せたが、すぐに虐めの三文字が頭に過ぎったようで、何があったのかと探りを入れながらも心配を露わに問いかけてくれた。まぁ、ただ、正直こんな惨めな気持ちな時に彼らに会いたくなかったというのが本音で、私はへらへらっと笑みを張りつけると「いやぁ、ちょっと、その、盛大に転んじゃって」と、そう言ったのだが、さすがに無理があったのか、二人は眉間に皺を刻んだかと思うとカクは右手をサボくんは私の左手を掴んだ。
「そんなわけないじゃろう」
「一体何があったんだ」
彼らは私を見逃してくれる気がないらしい。その優しさが嬉しい反面、惨めさを助長するなんて彼らは知っているんだろうか。そうやってもう一度「何もないよ、……私が勝手に転んじゃっただけ」と笑ったが、じいと見つめるカクが優しく私の頬を撫でるから、少しだけ、ほんの少しだけ泣けてしまった。
二人に連れられてやってきた保健室。放課後ということもあり保健室内には先生や生徒の姿はなく、カクがカーテンを仕切って見えない区画を作ると、私はそこに押し込まれて着替えるよう指示を受けた。着替えにはサボくんのジャージと、カクのシャツをお借りして、もろもろ着替えが済むと私はその場で一度だけ大きく深呼吸をしてから勢いよくカーテンを開く。
「はー…やっと落ち着いたよー。二人ともありがとう。」
そんな弾ませた言葉と共に。
「……全体的にダボダボじゃのう。」
「上はまだいいんだけど、下のジャージパンツがちょっと…ゆるっゆるかも。……んん、でも持ってればなんとかなるかな…」
まぁ190cm越えとそれに近い身長の男たちの服装を160cmそこそこの女が着ているのだからか仕方ないといえば仕方ないのだが、多分、想像以上にダボダボなのだと思う。私を見るカクの哀れみの眼差しが痛い。
「あー……さすがにでかすぎたか。…〇〇さん、ちょっとこっちにきてくれるか?」
そういってサボくんが手招きをするので、私は彼の前に出ると「ちょっと上のジャージ持って」というので下にずろんと垂れた上のジャージを臍あたりままで持ち上げると、サボくんは私の前に膝をついてジャージズボンの前にある紐をぎゅうっと私の腰に合うよう引っ張って、その分飛び出た紐を束ねてリボン結びにして止めてくれた。
「……これで大丈夫だと思うが……しかし細いな、腰。ちゃんと食ってるのか?」
「あはは、何目線の心配?」
多分臍あたりまでジャージを持ち上げていたので、普通に腹が見えていたんだと思う。恥ずかしさをごまかす様、お母さんかーいって軽く軽く、彼の頭にチョップを落とせばサボくんはこそばゆそうに笑むので、なんだかこちらがこそばゆくなってしまった。しかしそれを面白いと思わないのは他でもないカクで、カクは私の背後から腹に腕を回しては、「…それじゃあ後のことはわしが全て巻き取るからサボは先に帰ってくれ」とにっこりと笑んだ。
あ、機嫌悪い。そう思ったのは言葉に刺々しさを感じるからなのだが、その言葉を受けたサボくんはとんでもなく鈍いのか、それとも確信犯なのか「うん?いや、おれも首を突っ込んだんだ最後まで責任を取るさ」と涼しく笑むのだから恐ろしい。
「いいや、わしの彼女の問題じゃ。部外者が責任を取る必要ないわい。」
「でも今回の件は、おれも関係しているんだろう?ならおれがいた方がいいだろう。」
「分からんかのー、サボが原因で起きたことであればサボがおったらややこしくなるんじゃ。」
「それを言ったらカクも要因の一つだろ?」
にこにこと笑う二人の言い争いが怖い。なんせ目が笑ってないのだから。そもそも二人に対して助けてと言った覚えはないのだが、彼らを止めなければ延々に続きそうだと、私はカクにがっちりと抱かれたまま、二人に向けて「もー…二人とも、もう私は大丈夫だから。」と半ばあきれ気味に零すと二人はじろりとこちらを見たかと思うと、右頬をカク、左頬をサボくんがむにりとつねる。
「大丈夫なわけないじゃろう、あんなことをされておいて。」
「そうだ、このままなあなあで終わったらまた同じことをされるかもしれないだろ?ならきちんと原因を潰さないと」
「あぁ。それはいい考えじゃのう。」
「いやいやいや……一体何をするつもりなのよ……。」
もちもちと右と左で軽く愛でられる頬。私の頬はなんでもし放題なのか?好き勝手にされながらも、とりあえず気持ちだけは受け取って最低限の突っ込みを返した私は、首を突っ込む気満々のサボくんを見つめた。
「それにサボくん、気持ちは嬉しいし、その助けてもらったタイミングで言うのもなんだけど、私はカクと付き合ってるから付き合えないよ」そうきっぱりと断ると、サボくんは緩く首を傾げたのち「今は、だろ?」と飄々とした様子で言葉を放つ。
「へ?」
「学生間の恋愛だなんて移ろいやすいからな、」
サボくんのことは顔が整っていて、性格が良くて、少女漫画に出てきそうな男の子だと思っていた。けれどいまこの場でにこにことしたたかに笑うサボくんを見て、こりゃあとんでもない人に好かれてしまったのかもしれないと、ひっそりと思うと同時に少し頭が痛くなったのは内緒だ。
「な…ッわしと〇〇は別れんぞ!」
「みんなそう言うんだよな」
「なんじゃと…?!」
ばっちばちに火花を散らす彼らの言い争いはまだまだ続く。