兄は妹分に甘い

 セントポプラを出航して、次に訪れた街は、貿易港の拠点として栄えていた。これだけ栄えていれば、食料からその他諸々の物資まで、調達は難なく行える筈で、私も船を降りての買い物を楽しみにしていたのだが、これだけ人の目があると、おまえのツノは目立ちすぎるという理由で留守番を言い渡されてしまった。

「アネッタ。いい子で待っとるんじゃぞ。」

船を降りる間際、カクが小さな子供に言い聞かせるように言って、頭を撫でる。いくら私に甘いカクといえど、今回ばかりは折れてくれないらしい。可愛い顔をして「私も行きたいなぁ」なんておねだりしてみたものの、カクは困ったように笑って「お土産を買ってくるから大人しく待っとれ」とか言いながら、おねだり攻撃から逃れるようにさっさと船を降りてしまった。

 ちぇ。ケチんぼ。ツノが目立ちすぎるというのなら、船から港街を見ることすらできないじゃないか。

 仕方なしに、雑務処理があるとかいって残っているブルーノの部屋に突撃しにいったが、早々にエアドアで強制退室させられてしまったし、さてこの暇をどう潰したものか。食堂に行って冷蔵庫を開けてみたが、食料はすっからかんで何かを作ることもできなさそうだ。そうやって暇つぶしをするために探索をしていると、背後から「アネ」と声を掛けられた。

「ん?あぁ、ルッチにハットリ。いま起きたの?」
「あぁ。………他の奴らは」
「街についたから、ブルーノ以外はみーんな船を降りて調達に行ってるよ。」
「ブルーノも残っているのか」
「雑務処理中だってさ。…ルッチも、ハットリを連れて外歩いてきたら?気晴らしになると思うけど」
「……」

 お前は。そうルッチの視線が問いかける。
 普段は先陣きって外に出ている私が残っていることが、不思議でならないのだろう。

「あー…私はツノが目立ちすぎるから留守番してろって。」
「……」
「まぁ、仕方ないよね一応追われてる身だし。…あ、だからルッチもお土産買ってきてね。」

 港町でのお買い物を楽しみにしていただけにガッカリ感が凄い。普段は人間と竜人族で違いなんてあまり感じないけれど、こういう外見での違いはどうやったって隠せない。なんとなく自分で言って虚しくなってきたので、ルッチの腕を掴んで、ついでにくるりと半回転させて甲板の方へと向けて背を押したのだが、数歩押されたように歩いたところでルッチの足がぴたりと止まった。

 2M越え大男なんて165cmの私からすれば壁のようで、なんで止まるんだと踏ん張って押してみたが、ぴくりともしない。一体急にどうしたのだと不思議に思い「ねぇ、ルッチ。どうしたの?」と問いかけると、少しの沈黙後にぽつりと呟いた。

「………海軍支給品の中にローブがあっただろ、それを持ってこい。」
「え?」
「ハットリの餌を買いに行くぞ」
「あ…!ちょ、ちょっと待ってて、すぐ取ってくる!」


 そうして降り立った港街。しっかりと角が隠れるまでローブを被っているせいで視界はあまり良くなかったけれど、久しぶりに船を降り立ったこともあり、私の心境を代弁するようにモスグレイのローブがひらひらと跳ねた。

 街中は貿易港の拠点ともあって露店が多く、売っているものも青果から水産、宝飾品、雑貨品と幅広い。取り合えず小腹が空いたので、いくつもある露店の中から、一番おいしそうな匂いを辿って牛肉の串焼きを購入した私は、てりてりとしたタレを纏った牛串をルッチの口元に寄せる。

「なんだ。」

 なんだも何も、牛串を口の前にやったのならば、やることは一つだろうに。ルッチの視線が向けられたが、気にせずに口元でふりふりと揺らすと、大きな手のひらが串を握る私の手を捕えてから、がぶ、と一口大の肉をとっていく。うーん、流石は肉食系男子だ。

 私も串に残った肉を食み、そのまま串を引いて、ごろりとした肉を口の中に招き入れたのだが、てっきり筋が多いかと思っていたそれは、口の中でじゅわりと肉汁が溢れて、ほろりと解けるように溶けていく。ウォーターセブンの時に食べた水水肉も美味しかったが、またそれとは異なるタイプの旨味に、思わず頬が緩んで、「美味しいねぇルッチ」と零すと、ルッチはいつも通り表情を崩すことはなかったが、「……あぁ」と静かに言った。

 それから腹ごしらえも済んで、ハットリ用の餌も購入してから露店を廻っていると、「おおい、そこのお兄さん方。」と声を掛けられた。声を掛けてきたのは宝飾品を取り扱う露天商で、簡素なテーブルにあるジュエリー用のディスブレイボックスを手のひらで示した露天商は「お兄さん方、観光客だろう?折角だから見ていかないかい、安くしとくよ」と愛想よく笑う。

 ああ、成程。さっきから随分と声をかけられるなと思ったが観光客と見抜かれていたのか。まぁ、しかし、ハットリの餌も購入して目標達成したことだし、折角だから見ていくのも悪くないかもしれない。

 足を止めた私たちは、ディスプレイボックスに飾られた宝飾品へと視線を落とす。其処には、露店にも関わらず宝石を惜しみなく使った宝飾品が所せましと並んでおり、それも髪飾りにブレスレット、指輪にネックレス。それにカフス。メンズ用にレディース用と種類も豊富で、見ているだけでも華やかなそれに思わず目が奪われた。

「わー…綺麗……」
「でしょう!うちのは質がいいからね!」
「あ、でもここまで宝石が大振りだと……その、高いですよね。」

 なんせルッチの治療費を稼ぐために働いたくらいだ。手持ちが多いわけではない。
 だから高級品ともなると流石に手が出ないわけで、それを理由に立ち去ろうとすると、露天商の目がぎらりと光った。……ような気がした。

「いえ!此処にあるのは大振りっていっても水晶でしてね」
「え?水晶…なんですか?」
「えぇ、このあたりは水晶がよく取れる洞窟がありましてね、だから、こんなに大振りでも安価で出せるってわけです」

 確かに、店主の言うとおり一つ一つに提示された値段は想像していたよりもずっと安価だった。それこそ、これならば私が持っているお金でも手が出るかも。なんて思う程度には。

「あの…この紫とか橙色のも水晶なんですか」
「ははぁ。この紫は有名なもんでアメジストっていうものでしてね」
「あ、アメジストは確かに知ってる。アメジストって水晶だったんだ……」

 水晶ってなんとなく透明なイメージがあったから、アメジストのような濃い紫色が水晶とは結び付かなかった私は、素直にふうんと頷いていると、隣に立つルッチが、どこか呆れたように「アメジストの正式名称はアメジストクォーツだからな」と呟く。

「え、そうなの?じゃあこのオレンジ色のやつは?」
「……アメジストを熱加工したシトリンだろ」
「はー…ルッチ詳しいねぇ」
「お前も学修した筈だが?」
「アッ」

 そういえば遠い遠い記憶に、教養講座学んだ記憶があるような、無いような。
 しかし、ルッチの睨みを見る限り、どうやら私も習ったらしい。露天商はそんな私たちを見て「ははぁ、お兄さんは詳しいようだ。」とひとしきり笑った後に、ディスプレイに飾った飾り気のない金色のブレスレットと指輪ルッチを手に取ると「そこのお兄さんには髪留めか…あとは金の腕飾りなんかもいいね」と此方に向ける。

 流石は露天商だ、確かに色合いといい、飾り気のない形状なんかルッチに似合いそうだ。

「確かに金のブレスレットも髪留めも似合いそう……」
「でしょう!お兄さんは顔が整ってるからね、無駄な飾りは良さを打ち消しちゃうよ」
「確かに~~~!」

 まぁ、こうやってきゃっきゃと言っている私たちを、ルッチは「おれには必要ないな」とばさりと切り捨てたわけだが。いや、まぁ、ルッチが宝飾品を付けるイメージなんてないけども。これには露天商も「あっ、そうですか…」としょんぼりとしていた。
 しかし、そうなるとターゲットは私になるわけで、店主は先ほどと同じように容姿を見てから髪飾りなり、ネックレスなりを売りつけたいらしい。

「………お姉さんは………何が似合うか……」

 そう言いながら深く被ったローブの中を見ようと、少しばかり前のめりに此方を見上げるので、頭を見られるわけにはいかないと思わず後ずさったが、船にあった海軍支給品のローブなんてあまり質が良いものではないのだろう。しっかりと閉じていた筈の首元の留め具がいつのまにか外れており、咄嗟に手できゅっと締めるように抑えると、露天商が訳アリか?と訝し気な表情を見せた。

「おい、これを一つ」

 その時、ルッチがジュエリーディスプレイに飾られていたブローチを手にして「アネ、これで前を留めろ」と押し付ける。露天商は支払いもなしに取られたそれに苦言を呈すよう「お客さんお金は…」と零したが、それを一睨みして封じると、「これでいいか」と言いながら、ポケットから取り出した支払いには多すぎる金貨とお札をぱらぱらと足元に落とした。

 そうすると、露天商の視線は当然下に。その隙に私たちはローブを翻して、その場を後に露店を離れるのだった。

 船へと戻ると、調達を終えたのかみんなが戻っていた。その中でも、カクは留守番していたはずの私を探していたようで、私の姿に気付くや否や驚きと心配を混ぜたような表情で近付くと、私の頬をむぎゅっと両手で挟んで「アネッタ、どこへ行っておったんじゃ…!いい子で待っておれと言ったじゃろう!」と少しばかり声を大きくして言った。
 あ、確かにブルーノにルッチと一緒に船を降りるとはいってなかった。他のみんなの表情を見るに、あともう少しで探索されるところだったらしい。

「んう…ごめん、ルッチがローブを着たら外出していいって言ってくれたから一緒に…」
「はー………心配させおって…。……せめてブルーノに一言言付けていかんか」
「ごめん……」
「ルッチもルッチじゃぞ、アネッタを連れ出すなんて、角が見られたらどうするんじゃ」
「ふん」
「あっ、あっ、ルッチは悪くなくって……えっと、え~~~っと、あ、!そう!ほらカク見て、これ、いいでしょ?!」

 カクがじろりとルッチを睨み、ルッチはすいと顔を背ける。ルッチがカクのお叱りで傷つくようなタマではないということは分かっているが、私のせいでルッチが責められるのは申し訳なくって、話しをすり替えるべく首元に留めたブローチをカクに見せるよう指をさしてみると、カクの視線が此方を向いて「それは?」と問いかけながらブローチを掬う。
 首元を留めたそのブローチは、黄昏時を閉じ込めたような大振りのシトリンをあしらったものだ。細かなカッティングを施されたそれは、私が動くたびにちかちかと、きらきらと細かな煌めきを放つ。

「えっとね、さっきルッチが買ってくれたの」
「……ルッチが?」

 よかった。意識は逸れたらしい。
 しかし予想に反してカクは「綺麗じゃな」とか、「良かったな」と言うわけでもなく、興味が失せたようにブローチから手を離すと「お土産は無しじゃな」と言って機嫌悪く顔を反らすので、私は「ええ?!」と声をあげたが、カクは何故だか怒っていて、私はお土産も貰えずに、ついでに不機嫌なカクから頬をつねられるのであった。