白ひげ海賊団に保護をされて暫く経つが、いまだ預かりの身で、仕事が与えられていない彼女には給料が無い。それは意地悪でも、彼女を外に出さない為の策でもない。きちんと働いて給料を貰っている、ほかの船員たちとの公平性を考えての判断だ。
当初説明をした時には娯楽費どころか生活費すら無いなんてと反発する可能性を考えて構えていたが、アネッタはいやに物分かりが良い子供だった。
「そっか、仕方ないよね」
彼女はあっさりと、そりゃあもうあっさりと頷く。そんなの当たり前だよと笑う姿は意地汚い大人たちに見せたくなるほど真っ直ぐで、代わりに彼女は一つの案を出して承諾を受けると、また真っ直ぐに笑って「だったら大丈夫」と零した。
そうして、いつしか預かりの身である少女・アネッタは、船のなんでも屋と言われるようになっていた。
部屋の掃除から武器の手入れ、果てはモーニングコールまで。金額も一回五百ベリーと破格なこともあり、依頼は予約待ちで途絶える事も無く、お陰様で貯金が出来るほどの余裕は出来たがそれでもまだまだ裕福とは言えない。特に気にかけてくれているサッチやマルコは、生活に必要なものは申告するよう言ってくれるが、他の船員たちはきちんと働いてどうにかしているのだ。であれば自分も彼らに甘えずに、自分の稼いだお金だけでなんとかしなければ。とは思うのだが、正直娯楽のない生活はストレスがたまる。月々の貯金額が多すぎるせいなのか、自分の手元に残るお金が少なすぎるのだ。
「うーん……値上げを考えるべきかなぁ……」
悩みを落とした午後六時。港に繰り出して空っぽになったモビーの甲板に出て、独り言ちる。
お金を稼いだところで、元の世界にはきっと持ってかえる事は出来ない。それにこの白ひげ海賊団にいれば衣食住は約束される筈で、この船から見放された時には元の世界に戻れば良いだけ。であれば宵越しの銭は持たないという考えでいたって良い筈なのに、それが出来ないのはどうしてだろう。
どうして、漠然とした不安が心に残り続けるのだろう。
「はぁ……」
外に出ると何かと誘惑が多いからとみんなの誘いを断ったが、やっぱり行きたかったな。なんせこのは兎に角ごはんが美味しいらしい。しかもグルメなナースたちいわくスイーツまでもが絶品で、彼女のことを妹のように可愛がっているナースたちは最後までアネッタのことを誘ってくれていたのだが、だからこそ心もとないお金で今後のことを考えながら食べるのは申し訳が無いと、適当な理由をつけて断ってしまった。
「…ッと、アネッタ、まだ残ってたのか?」
その時、船べりに寄りかかって島を眺めていた筈が、突然体が後ろに傾いて振り返る。そこにはサッチが立っており、彼は不思議そうに腕を掴んだまま此方を見ていた。
「うん?あぁ、サッチ……あれ、サッチも外に行かなかったの?」
「あぁ、おれはちょっと明日の仕込みもあってな。……そしたらアネッタが船から落っこちそうな顔で船べりにいるもんだからビビっちまった」
「えぇ、落ちるような度胸ないんだけどなぁ」
その言葉に、悪かったよ、と笑うサッチ。しかし、それでも手が離れないのは彼が心配性だからだろうか。サッチは腕を掴んだままアネッタを見下ろすと、不思議そうな顔のまま尋ねた。
「それで、外に行かなくて良かったのか?おれっちを待ってた、ってわけでもなさそうだが」
「……あはー……いやぁ、やっぱりお金が…」
「お金?」
「……、…その、……あんまり飲み食いをするほどの余裕はなくって」
「?奢ってもらえるだろ」
不思議そうなサッチ。
どうしてそんなことで悩むんだって表情だ。
「………そうかもしれないけど、……きっとみんな奢ってくれると思うけど毎回奢りなのは申し訳ないよ。でも、かといって私だけみんなが楽しんでる間に、値段を気にして一番安い物だけを食べてても気になるでしょ?」
お金の価値なんて分からないような、小さな子供であったなら何にも考えずに気持よく奢ってもらえたのかもしれないが、十七歳ともなればそうはいかない。十七歳になればお金の価値は分かるし、船内ニートがあまり良くない事だって分かる。それに、折角の娯楽である外食の場で気を遣わせるわけにはいかない。だからこその選択で、きっと間違っていないと確信もある。それでも明るく話せるほど大人でもいられずにぎこちなく笑うと、サッチは眉尻を下げながら息を落とした。
「……、……難儀だねぇ」
その声は、複雑な色を持っていた。
「何よう…いい子っていって」
「はは、いい子だよ。アネッタはいい子だ。……でも、いい子で真面目すぎる」
「……、……真面目はいけないことなの?」
「いけないことじゃねえな。……ただ、おれは、……おれたちはお前がにこにこ笑ってくれりゃなんでもいいのさ」
言いながら、彼の大きな手が頭を撫でる。右に滑り、左に滑り。最後に頬に滑った手のひらは温かく、気持ちが良い。だからその手を避けなかったのは、ちょっとした甘えに近く、アネッタは頬を寄せたまま「……なんにもしてあげられないのになぁ」と零すと、サッチは肩を揺らすようにひとつ笑い、そのまま下ろした手でアネッタの手を掬い、揃えた指の根に唇を押し付けた。
「そういうもんさ、好意ってのはな。……さ、それじゃあ一つ納得してもらえたってことで、……おれっちと食事でもどう?」
「……ええと」
「お金のことは気にしなくていい。だっておれっちが誘ったんだぜ?たまには恰好いいところを見せてくれよ。……なぁ、アネッタ。今日は何が食べたい?」
「………一緒だったらなんでもいい、でも、その、お肉と、あとデザートも……」
「……っはは!そいつはいいな、じゃあこの島で一番うまい肉とデザートを出してくれる店に行こう。きっとビスタやマルコたちもいると思うぜ」
夜の帳が降りるなか、まるで辺りを照らすようにサッチが白い歯を見せて笑う。
なんだかその笑みが凄く眩しくて、こそばゆくて、アネッタはつられるように眼元を和らげる。多分、太陽みたいな人って、彼のことを言うのだと思う。気付けば心のうちにあった小さな暗闇は消え失せて、暖かくなる心と思い出したように鳴きだした腹の虫を抱えたアネッタが彼の手を引くと、サッチもそれに答えるようゆっくりと歩き出した。