右足骨折に裂傷、おまけに擦り傷・切り傷多数で、全治1ヶ月。結構な大怪我だったのに全治一カ月で済んだのは竜人族のタフさがあってこそで、体の半分以上を包帯でぐるぐる巻きにされたアネッタは、世界政府によって用意された個室で、一人つまらなさそうに一日を過ごしていた。
だから、てっきりカクを連れて行けばお互いに喜ぶと思ったのだが、カクはボロボロのアネッタを相手に怒鳴っていた。それも、思わずこちらが気まずくなるほどに。聞いていれば、やれ「何故わしを助けた」だの「わしのことを放っといてなぜ逃げなかった」だの、過ぎたことを今更責めるそれはなんと無様で女々しいことか。
アネッタからすりゃ、大怪我を負ってまでカクを助けたというのに、こうして怒鳴られているのだから助け損でしかない。
「そりゃ違えだろ、クソガキ」
怒鳴るカクに押されて、すっかり怯えるアネッタに変わって、拳骨を落とす。もちろん、頭に血が上ったクソガキ相手に手抜きなんかせずに。重たい一発を落されたカクは「いっ!!!」と一音だけ声を上げながら頭を庇うようにして手で押さえたが、すぐに此方へと視線を向けると「な、なにをするんじゃ!」と睨む。
「あぁ?見てのとおり拳骨だよ」
「っそんなことは分かっとる!だからっ、…っなんでわしを殴るんじゃ!」
「……分からねぇか?カクよォ……、てめーを庇って大怪我を負ったアネッタを責めるたァ、どういう了見だ?あ?」
「責めるのは当たり前じゃろう!こいつは自分の持ち場を離れたんじゃぞ?!ジャブラがあの場におらんかったら死んどった可能性だってある!それを責めてなにが悪いんじゃ!」
カクは比較的――いや、年齢からしたら誰よりもずっと、先を見据えることのできる冷静なクソガキだった。そんなカクが我も忘れて、頭に血を上せてまで怒鳴るのは相手がアネッタだからなのだろう。まぁ、確かに頭の固い上層部が聞けば、持ち場を離れたアネッタを責めただろうし、考え方としても間違っていないといえば間違ってはいない。だが、おれたちは駒ではない。何もかも全てそれ通りに動かなければいけない駒ではないのだ。
「こいつはてめーが先に倒れたから動いただけだ狼牙、それを、よりにもよって先にぶっ倒れたてめーの考えを押し付けるんじゃねえ。」
そう。あの日、先に倒れたのはカクだ。アネッタはそれを見て、自分が怪我をすることも分かって自分よりも体の大きなカクを背負って逃げて・庇って大怪我を負っただけ。それを先に倒れた奴が助けるな、なんて言っていいわけがない。
「…っ」
「まぁ別によ、てめーの考えを押し付けるのが全て悪ってわけじゃねえが、てめーの考えを押し付けたいのなら倒れるんじゃねえよ。そもそもお前がやられてなかったらアネッタはぶっ倒れたお前をおぶって逃げることなんかしなかっただろ。」
「それは……」
「それによ、アネッタはお前を助けて怪我したんだぞ?しかもてめーよりもずっと酷い怪我だ。それをてめーはなんだウダウダと。少なくともここはありがとうだ狼牙」
「…っわ、わしは…」
カクは納得しなかった。いや、今更引くに引けなかったのかもしれない。
眉間に皺を寄せてぐっと表情を歪める姿は、それこそベソかいた子供のようで、それを隣でおろおろとしながら見ていたアネッタがおれの指を掴んでクイと引くと、「い、いいの!いいの、ジャブラ!わたしはありがとうっていってほしいわけじゃないもん!ただ、……、」と気まずそうに言い、こっちはこっちで目に涙を溜めてぼろぼろと泣き始めるではないか。
ああ、なんだこの状況。
そもそもおれは、おめーのために叱ったんだぞ。
そう言いたかったけれど、言葉もなくぼろぼろと大粒の涙を流す子供相手に怒鳴る気力もなく、「アネッタ。お前もこんなとこでびーびー泣くんじゃねぇ。」と言うと、アネッタは涙をぼろぼろと流しながら唇をきゅっと噤む。馬鹿だから、これで堪えているつもりらしい。
「……おめーもよ、もっと強くなれよ。カクを言い負かすくらいによ。」
まぁ少なくとも、今よりも強くなれば死にそうになることは無くなるはずだ。
おれは隣でようやく落ち着いたらしいカクに向けて「カク、お前女泣かせて最低だなおい。」と言葉を付け足した。
「……アネ、」
「…カ、カク、わたし、ごめ―――」
「……すまんかった。」
「え?」
「……助けてくれたのに…、…助けてくれてありがとう。………もうわしは負けん。お前が無茶せんでいいように、…お前を助けられるように。…じゃから、お前もあまり無理はせんでくれ。」
言いながら、カクは初めてアネッタに弱みを見せた。涙を流したのだ。それにはアネッタも驚いていて、アネッタは包帯だらけで痛々しい手を伸ばして、カクの頬を伝う涙を拭うと、「ごめんね、カク。」と小さく零した。
そうして二人は仲良く抱き合ってハッピーエンド。ただそのやりとりが妙にむずかゆくて、「ま、いつになることやらだけどなぁ!」と言うと、すっかり元の調子に戻ったカクから、思い切り尻を蹴られるのだった。
不意に柔らかい肉が頭を挟む。それが音なく現れたアネッタの太ももで、おれの肩に肩車のような形で乗ったからだと分かったのは「はぁい、ジャブラ」なんて笑いを滲ませた声が降ってきたからで。
「んな…っアネ―――ッ」
途端に苦しくなって言葉が途切れる。それは上に乗っかったアネッタが、おれのがっちりと太ももを挟んだまま、足首を交差させた体勢でフランケンシュタイナーよろしく、背後に倒れるようにして後転して頭から叩きつけたからなのだが――、おれも黙ってやられちゃいない。
寸前のところで身を翻して、地に手をつきながら体制を整えると、少し離れた位置でアネッタが不思議そうな表情を浮かべながら「あれ?」と首を傾げた。
「おっかしいなぁ、絶対にいけたと思ったのに……」
「アネ、勢いが弱いようじゃったぞ。もう少し勢いをつけて、上半身は少し捻るべきじゃな。」
「なるほど、もう少し勢いと捻りが必要だったかぁ……」
聞き覚えのある声と共に、黒幕登場とばかりに木の影から現れたカクが、此方を一瞥することも無くアネッタへとフィードバックをして、アネッタも矢鱈と真面目な顔で話を聞いては此方に爛々と輝く目を向けてきたが、冗談じゃない。
「やらねーよ!馬ァ鹿!!…つーかいきなり何しやがる!」
「いきなりって……だって、ジャブラがいつでもかかってこいって言ったんじゃない」
「そりゃあ、その頃はてめぇらが今よりちんちくりんだった頃だ狼牙!いつまで有効だと思ってんだ!」
確かに言った事はあったが、まさか十年も経って不意打ちしてくるとは思わないだろうが。
なのにアネッタの馬鹿ときたら、首を傾げながら「……一生?」と語尾にハートマークでもつけてんのかってくらい甘えたことを抜かすし、カクはカクで「だそうじゃ、諦めろージャブラ」とどこか他人事のように笑う。一生仲良しこよしでいろってか。そんなの御免だ。
ああ、くそ。厄介なクソガキを育てあげちまったな。そう小さく嘆いたものの、当然それは誰にも拾われることなく、向かってくるアネッタの反撃を流すために自分で踏みしめることになった。