可愛い末っ子

 セントポプラを出て暫くが経った。
 おかしいとは思っていた。ジャブラが珍しく私にプレゼントを贈ってきたことも。そのプレゼントがサバイバルナイフであったことも。それから、プレゼントを贈られたことを知ったカクが妙に大人しくて、何も言わなかったことも。

「ちょっとぉ………これ誰が捌くのよ!」

 目の前にあるのは魚の山だった。ジャブラたちが釣り上げた魚はどれも新鮮で目が透き通っていて、陽の光を受けた鱗がきらきらと白銀に煌めいている。ご丁寧に全て〆られた魚の山はぴくりとも動かない。それを見て主犯格であるジャブラに向けて言うと、それはもう面倒くさそうな顔で「そりゃお前に決まってんだろ」と言うではないか。
 だがしかし、物には限度があるだろう。ただ、この男は傲慢というか、話を聞く気がない。それを訴えたところで「この間サバイバルナイフやっただ狼牙」といってさっさと船内へと戻ってしまった。これだから末っ子って嫌なんだ!そう思っている間にもぐんぐんと魚の鮮度は下がるばかり。〆たらリリースもできない。つまり、調理しか道は残されていないというわけだ。

「もおお……ご丁寧に全部〆ちゃってるしさぁ………」

 腹を決めた私は一人拳を握ったが、一人で処理をするにはあまりにも膨大な量だ。一人でやっていたらいくら時間があっても足らないだろう。私は辺りを見回して、この騒動からそろりと逃げようとしていたカクの手を掴むと、そのまま逃がさないと腕にしがみつく。

「カークくーん」

 語尾にハートマークまでつけちゃって、甘えるような声色で声を掛けるとカクはそりゃあもう露骨に「げ」と言いながら表情を歪ませる。逃げたいって顔に書いてあるが、それを無視して「げ、じゃないわよ。手伝ってくれるよね」とにこりと笑ってみせた。

「なんでわしが……料理はお前の担当じゃろう」
「そうだけど……いいんですよ?私はカクくんの夕飯がそこらへんの海藻だけになっても」
「ん、ぐ…!ず、ずるいぞ…!」
「ふふん!この船の料理長に逆らうことはできないのだ……!」

 そう、この船の料理長は私だ。だから料理周りでの決定権は私にあるし、彼だけを海藻料理にすることだってできる。カクは眉間に皺を寄せたまま脅しじゃ!なんて女じゃ!とかなんとか言っていたけれど、みすみす料理要員を逃すわけにはいかないのだ。

「アネッタ、おれも何か手伝おう」

 その時、近くにいたらしいブルーノが声を掛けてきた。この時のブルーノの菩薩っぷりったらもう。後光が射しているように思えて、「ブ、ブルーノ……!す、好き!」と言うと、横にいるカクがえらく驚いた様子で「な、ぁ?!!」と声を上げていた。

 だが、対してブルーノは冷静だった。

「ややこしくなるからやめろ、いいから何をすればいいんだ」

と呆れたような声色で息を吐き出しながら袖を捲ると、魚の山を見つめながら言った。

「あ、じゃあ捌くの手伝って。カクは鱗取りよろしくね」
「……」
「…?カク?」
「……わしに好きとは言わんのか」
「……」
「……何か言わんか。」
「……ねぇ聞いた?ブルーノ。カクが可愛いこと言ってる」
「………いいから早くやるぞ」
「はーい」
「おい、ちょ、アネッタ!」
「ほら~~カクさん手を動かしてくださる~?」

 そうしてなんとか処理して捌いて。今日は豪勢な魚料理がテーブルいっぱいに並んだのだが、唇を尖らせた末っ子は、名前を呼んでも、フンと鼻を鳴らして顔を背けるのであった。