面倒な生き物

 竜人族の本来の姿は竜である。
 昔話で語られる彼らは、人によく似た姿を持ち、竜と成る事が出来ると言われているが、史実は逆だ。本来は竜で、人に似た姿に成ることが出来るのだ。そんな竜人族が、本来の竜に戻るなと制限されたのは幼少期の頃。人に寄せた姿のまま、本来の姿を抑え続けた事への弊害は大きく、彼女は発育不全に陥り、いつしか彼女の成長は止まってしまった。
 それだけではない。本来の姿である竜の要素を一つも出すなと言われているのだ。無理に抑え続けた事で、堪えた衝動などは全て熱となり、彼女は時折り、竜の暴走熱といった病気を起こすことも多くなっていた。

 例えば、今日のように。

「おうおう、任務を休んだかと思えば随分と色気のある恰好をしとるのう」

 わしは床に体を倒す化け物を見て、乾いた笑いを落とす。

「一体どこまで竜化する気じゃ。完全竜化の許可は下りておらんはずじゃぞ、アネッタ」

 いつもの愛らしい彼女はどこに行ったのだろう。


 尻からはずるりと鰐めいた尻尾が伸び、両足は岩を張り付けたような鱗を纏った竜本来のものとなり、足先にある鋭い黒光りの爪が、床を抉るように傷をつけている。それから服を裂いて背中から伸びる雄々しい翼は、羽を乾かすよう広げられたまま。不意に翼の根本にある人間と変わらぬ肌に手を当てると、そこだけが全身の熱をかき集めたように熱かった。

「カ、ク」

 突然触れたにも関わらず、びくりともせずに声を漏らす彼女はどこか苦し気で、悪戯に宛てた肌に指を沈めると、アネッタがううっと小さく呻いた。

「……ああ、痛いか」
「……っ……」

 状況を見るに熱を持っているのは背中だけ。それなのに、人の姿に成り続けていた彼女が自身をコントロールできなくなっているのは、体内に何かしらの異常が生じているのだろう。額や首にじっとりと汗をかいて、痛い、痛いと呻く彼女はパキパキと音を立てながら鱗を伸ばす。顔半分が鱗に飲まれたその姿はもはや人とも、竜とも言えぬ化け物じみていて「薬をいれるかのう」と提案をすれば、アネッタは露骨に肩を揺らした。

「っいや、薬はもういや…!」
「でも痛いんじゃろ」
「がま、ん、がまんするから…っ」
「鎮痛剤を入れたら楽になるじゃろうて」
「やだ、もういやなの」

 彼女は普通に生きられない。
 いいや、普通に生きることが出来ない。

 だからこそ、こうして彼女が苦しむ時にはサポートをしてあげたいと願うも、彼女は幼い頃から続く薬の投与を酷く嫌っている。痛い痛いと呻く癖に、薬と聞くや否や体を起こし、両足をずるずると引きずりながら腕だけで逃げようとするので、不憫には思ったが彼女の上に跨って、事前に用意していた注射針を彼女の背に刺した。

「あ」

 薬を注入すると同時に、倒れる身体。尻から伸びる尻尾は、千切れたトカゲの尻尾のように暴れていたが、それもすぐに大人しくなり、暫くすると彼女から伸びた羽も尻尾もするすると小さな体に戻っていき、竜化した足も元通りになった。


 一体何が鎮痛剤なんだか。

「……竜の暴走熱も、こうして耐え忍ぶことで生まれた熱を発散できずに…現れたものなのかもしれんのう……」

 一度身を起こして、服が裂けたことにより殆ど裸状態の彼女を抱き上げたわしは、汗ばんだ額にキスをする。
 ああ、なんて愚かな生き物なのだろう。
 人でもなく、竜にもなれず、彼女は中途半端な生き物として生かされている。

 それでも、そんな面倒な生き物を愛してしまったわしは、彼女をベッドに寝かせて、満たされる独占欲にくすりと笑った。